「SDGsに取り組んでいます」はむなしいアピール
静岡産業大学 経営学部 准教授 太田裕貴
21年2月1日、静岡経済研究所は静岡銀行が平野ビニール工業株式会社(磐田市)に対してポジティブインパクトファイナンス(以下、PIF)を実施する際に平野ビニール工業の企業活動が環境、社会、経済に及ぼす影響を分析・評価したことを公表した。ここで、PIFとは企業活動が環境、社会、経済のいずれかの側面に与える影響を包括的に分析・評価し、特定された正の影響の更なる向上と負の影響の低減に向けた取組を支援する融資である(静岡経済研究所webページの定義、執筆者21年6月21日最終閲覧)。PIFが国内の中小企業向けに実施されるのは意外にも今回が最初である(21年2月時点)。
PIFの提唱は国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)による(15年10月)。背景には15年9月に国連総会で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の存在が挙げられる。SDGsは30年までに達成すべき17の目標とそれに紐づく169のターゲットから構成されるが、環境、社会、経済に正の影響を与える事業を行う企業はSDGsの目標やターゲットの実現に大きく寄与することが期待される。PIFは当該企業に対して積極的な融資を行う試みである。
コーポレートファイナンスの研究領域では企業の資金調達に影響を与える要因として資本コストに注目する。資本コストは多様な定義が存在するが、ここでは将来の不確実性に対して資金提供側(例えば金融機関)が融資先(企業)に要求する最低限のリターンと捉えよう。資金提供者は将来の不確実性が高い企業に対して資金提供を行う際には通常よりも相対的に高いリターンを企業側に要求する。企業側から見ると将来の不確実を高める事業を展開することで資金提供者からより高いリターンを要求されることになる。将来の不確実が高い企業とは何も倒産可能性が高い企業だけではない。株主や金融機関に加えて消費者や地域住民といった様々な利害関係者からの支持が得られない事業を展開する企業はSDGsへの関心が高まりつつある今日の社会において信頼性の獲得が難しくなり、資金をはじめとした重要な経営資源を失う可能性が高まる。対照的に企業側はSDGsの目標やターゲットの実現につながる事業を展開することで様々な利害関係者との信頼関係を醸成することができる。これは将来の不確実を低減させ、ひいては資本コスト低減を導く。すなわち、資金調達における企業側の負担が相対的に軽くなるのである。
コーポレートファイナンスの理論研究は企業による情報開示のレベルが高いほど資本コストが有意に低くなることを示している(例えばAmihud and Mendelson, 1986)。資本コストが低下することで資金調達に対する制約がなくなり、有望な投資計画の実施が促進される。ただし、Bushman and Smith(2001)は資本コスト低減には開示される情報量だけでなく情報の精度もまた重要となることを明らかにしている。SDGsの目標やターゲットの実現を目指した事業に関する情報だけを開示しても資本コスト低減には効果がない。事業展開による具体的な成果を示すことで開示した情報の信頼性(精度)を担保する必要がある。実際にPIFは融資後も企業にするモニタリングを継続的に行うことでSDGsの目標やターゲットの実現に向けた具体的な施策を企業に促すことを重視している。
英国のEthical Corporation(2018)は大多数の企業がSDGsへの取組を表明している一方で、実際にSDGsに関する具体的な目標を開示している企業は10%未満であることを報告している。このように具体的な行動を伴わないSDGsは「SDGsウォッシュ」と呼ばれる。今や企業だけでなく地方公共団体や大学組織までもがSDGsへの取組を公言しているが、具体的な行動が明示されていない公言には価値がない。「SDGsに取り組んでいます」は、むなしいアピールなのである。「我が家は正月に雑煮を食べます」「我が社は福利厚生が充実しています」と同様にSDGsに取り組むこと自体は当たり前と捉える意識が必要である。SDGsへの取組を外部に示すために過去の組織活動の成果をSDGsの目標やターゲットと闇雲にこじつける姿勢もいただけない。目標やターゲット実現に向けた具体的行動を明示し、その成果を如実に公表すると共に組織内にフィードバックする行為にこそ価値がある。本来アピールすべきはその点である。むなしいアピールしても外部者との信頼関係は深化しない。むしろ恥ずべきことである。
引用文献
Amihud, Y. and H. Mendelson. 1986. Asset pricing and bid-ask spread. Journal of Financial Economics 17 (2): pp. 223-249.
Bushman, R. M. and A. J. Smith. 2001. Financial accounting information and corporate governance. Journal of Accounting and Economics 31 (1-3): pp. 237-333.
Ethical Corporation. 2018. Risk of ‘SDG Wash’ as 56% of companies fail to measure contribution to SDGs.
21年2月1日、静岡経済研究所は静岡銀行が平野ビニール工業株式会社(磐田市)に対してポジティブインパクトファイナンス(以下、PIF)を実施する際に平野ビニール工業の企業活動が環境、社会、経済に及ぼす影響を分析・評価したことを公表した。ここで、PIFとは企業活動が環境、社会、経済のいずれかの側面に与える影響を包括的に分析・評価し、特定された正の影響の更なる向上と負の影響の低減に向けた取組を支援する融資である(静岡経済研究所webページの定義、執筆者21年6月21日最終閲覧)。PIFが国内の中小企業向けに実施されるのは意外にも今回が最初である(21年2月時点)。
PIFの提唱は国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)による(15年10月)。背景には15年9月に国連総会で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の存在が挙げられる。SDGsは30年までに達成すべき17の目標とそれに紐づく169のターゲットから構成されるが、環境、社会、経済に正の影響を与える事業を行う企業はSDGsの目標やターゲットの実現に大きく寄与することが期待される。PIFは当該企業に対して積極的な融資を行う試みである。
コーポレートファイナンスの研究領域では企業の資金調達に影響を与える要因として資本コストに注目する。資本コストは多様な定義が存在するが、ここでは将来の不確実性に対して資金提供側(例えば金融機関)が融資先(企業)に要求する最低限のリターンと捉えよう。資金提供者は将来の不確実性が高い企業に対して資金提供を行う際には通常よりも相対的に高いリターンを企業側に要求する。企業側から見ると将来の不確実を高める事業を展開することで資金提供者からより高いリターンを要求されることになる。将来の不確実が高い企業とは何も倒産可能性が高い企業だけではない。株主や金融機関に加えて消費者や地域住民といった様々な利害関係者からの支持が得られない事業を展開する企業はSDGsへの関心が高まりつつある今日の社会において信頼性の獲得が難しくなり、資金をはじめとした重要な経営資源を失う可能性が高まる。対照的に企業側はSDGsの目標やターゲットの実現につながる事業を展開することで様々な利害関係者との信頼関係を醸成することができる。これは将来の不確実を低減させ、ひいては資本コスト低減を導く。すなわち、資金調達における企業側の負担が相対的に軽くなるのである。
コーポレートファイナンスの理論研究は企業による情報開示のレベルが高いほど資本コストが有意に低くなることを示している(例えばAmihud and Mendelson, 1986)。資本コストが低下することで資金調達に対する制約がなくなり、有望な投資計画の実施が促進される。ただし、Bushman and Smith(2001)は資本コスト低減には開示される情報量だけでなく情報の精度もまた重要となることを明らかにしている。SDGsの目標やターゲットの実現を目指した事業に関する情報だけを開示しても資本コスト低減には効果がない。事業展開による具体的な成果を示すことで開示した情報の信頼性(精度)を担保する必要がある。実際にPIFは融資後も企業にするモニタリングを継続的に行うことでSDGsの目標やターゲットの実現に向けた具体的な施策を企業に促すことを重視している。
英国のEthical Corporation(2018)は大多数の企業がSDGsへの取組を表明している一方で、実際にSDGsに関する具体的な目標を開示している企業は10%未満であることを報告している。このように具体的な行動を伴わないSDGsは「SDGsウォッシュ」と呼ばれる。今や企業だけでなく地方公共団体や大学組織までもがSDGsへの取組を公言しているが、具体的な行動が明示されていない公言には価値がない。「SDGsに取り組んでいます」は、むなしいアピールなのである。「我が家は正月に雑煮を食べます」「我が社は福利厚生が充実しています」と同様にSDGsに取り組むこと自体は当たり前と捉える意識が必要である。SDGsへの取組を外部に示すために過去の組織活動の成果をSDGsの目標やターゲットと闇雲にこじつける姿勢もいただけない。目標やターゲット実現に向けた具体的行動を明示し、その成果を如実に公表すると共に組織内にフィードバックする行為にこそ価値がある。本来アピールすべきはその点である。むなしいアピールしても外部者との信頼関係は深化しない。むしろ恥ずべきことである。
引用文献
Amihud, Y. and H. Mendelson. 1986. Asset pricing and bid-ask spread. Journal of Financial Economics 17 (2): pp. 223-249.
Bushman, R. M. and A. J. Smith. 2001. Financial accounting information and corporate governance. Journal of Accounting and Economics 31 (1-3): pp. 237-333.
Ethical Corporation. 2018. Risk of ‘SDG Wash’ as 56% of companies fail to measure contribution to SDGs.