『援助希求』 ~わたしの研究テーマ~
はじめに
私が現在取り組んでいる研究テーマのひとつに「自殺予防」があります。「自殺」という言葉は、ネガティブな印象が強く、聞くだけで顔をしかめる人も少なくありません。また、非常にデリケートな話題であるため、研究には倫理的側面について十分な配慮が必要となります。そのため「自殺予防」の研究は進みにくいという側面があります。
今回、リレーエッセイの執筆機会をいただたき、テーマを考えた際に少し迷ったのですが、みなさまに知っていただく良い機会ですので、「自殺予防」について書かせていただくことにしました。
私が昨年度におこなった日本自殺予防学会での研究発表をもとに、男性自殺者の一要因と考えられる「援助希求」能力の低さと静岡県富士市で行われている自殺予防対策をご紹介したいと思います。
自殺者に男性が多いのはなぜか
日本の自殺者数を性別で分けると、男性の自殺者数は女性自殺者数の2倍以上になります。その要因はさまざま考えられるのですが、「心理学的剖検調査(家族や友人など周囲の人からの情報収集によって、生前の様子を明らかにしようとする調査手法)」では、女性と比較して男性は自殺死亡前に援助を求める人が少ないことが確認されています。男性は自殺願望があっても、誰かに助けてほしいと言えない、自身の状況を誰かに吐露することができないことが多いのです。
誰かに助けてほしいと求めることを「援助希求」といいます。女性は、感情を他者と共有することや助けを求めることに抵抗が少なく、情緒的支援や社会的サポートを受け入れやすく、こころの問題に対しても、それほど抵抗なく医学的・精神的援助を受けやすいのに対して、男性は、問題が起こった時に周囲に助けを求めずに自分ひとりで解決すべきという社会文化的に与えられた行動範囲にとらわれ、全ての問題を自分ひとりで抱えてしまい問題解決の幅が狭くなり行き詰ってしまい自殺既遂にいたりやすいといわれています。
そのため、援助希求能力の低い男性自殺企図者に対応した地域の環境づくり及び自殺予防対策をする必要があります。次に、その一例をご紹介します。
中高年男性を対象にした自殺予防対策
「富士モデル事業」は、平成18年に「働き盛りのメンタルヘルス日本一を目指して」開始された、働き盛りの「中高年男性を対象」としてうつ・自殺予防対策の確立を目指すために静岡県富士市で実施されている自殺予防対策です。
従来、直接的な「うつ病」の啓発活動が中心であった対策を、「睡眠キャンペーン」として改め、「パパ、ちゃんと寝てる?」と言う娘からの問いかけをキャッチフレーズにしました。これは、医学的援助に抵抗のある男性が受け入れ易いように「うつ病」という言葉をさけ、身近な存在である子どもからの言葉がけというイメージ変換が目的とされています。また、一般医から精神科医患者へとつなぐ「紹介システム」が実施されました。中高年男性は、うつ病に気づかず内科医等を受診していることが多く、睡眠薬を処方されるというのが現状であったため、自殺に最も結びつきやすい疾患であるうつ病の早期発見を目的におこなわれました。
ほかにも、睡眠キャンペーンの広い周知と地域への浸透を目的として周知活動をおこない、その結果、睡眠キャンペーンの周知割合は倍増しました。
おわりに
富士モデルは、うつ病に対する先入観や無知さを払拭したアプローチで、中高年男性の特性と地域性を考慮した自殺予防対策といえます。
近年、全国の自殺者数が減少していく中で、残念ながら静岡県の減少率は伸びていません。最近は特に20歳代の自殺者数が増加しており、早急に対策を講じるべき問題が浮上してきています。これらの問題をさらに検討し、自殺による被害者がひとりでも減少することを目標に、今後も研究に努めていきたいと思います。
伊藤香苗「自殺と性別、セクシャリティ」『精神保健研究』49,2003,p.30
高橋祥友「自殺問題 特に中高年の自殺に焦点をあてて」『月刊保団連』 No.898,2006,p.40
内閣府自殺対策推進室『地域における自殺対策取組事例集』2012,pp.123-127
松本俊彦「自殺の原因分析に基づく効果的な自殺防止対策の確立に関する研究.自殺既遂者の心理社会的特徴に関する研究(2)性差からみた検討」2010,pp.29-35
私が現在取り組んでいる研究テーマのひとつに「自殺予防」があります。「自殺」という言葉は、ネガティブな印象が強く、聞くだけで顔をしかめる人も少なくありません。また、非常にデリケートな話題であるため、研究には倫理的側面について十分な配慮が必要となります。そのため「自殺予防」の研究は進みにくいという側面があります。
今回、リレーエッセイの執筆機会をいただたき、テーマを考えた際に少し迷ったのですが、みなさまに知っていただく良い機会ですので、「自殺予防」について書かせていただくことにしました。
私が昨年度におこなった日本自殺予防学会での研究発表をもとに、男性自殺者の一要因と考えられる「援助希求」能力の低さと静岡県富士市で行われている自殺予防対策をご紹介したいと思います。
自殺者に男性が多いのはなぜか
日本の自殺者数を性別で分けると、男性の自殺者数は女性自殺者数の2倍以上になります。その要因はさまざま考えられるのですが、「心理学的剖検調査(家族や友人など周囲の人からの情報収集によって、生前の様子を明らかにしようとする調査手法)」では、女性と比較して男性は自殺死亡前に援助を求める人が少ないことが確認されています。男性は自殺願望があっても、誰かに助けてほしいと言えない、自身の状況を誰かに吐露することができないことが多いのです。
誰かに助けてほしいと求めることを「援助希求」といいます。女性は、感情を他者と共有することや助けを求めることに抵抗が少なく、情緒的支援や社会的サポートを受け入れやすく、こころの問題に対しても、それほど抵抗なく医学的・精神的援助を受けやすいのに対して、男性は、問題が起こった時に周囲に助けを求めずに自分ひとりで解決すべきという社会文化的に与えられた行動範囲にとらわれ、全ての問題を自分ひとりで抱えてしまい問題解決の幅が狭くなり行き詰ってしまい自殺既遂にいたりやすいといわれています。
そのため、援助希求能力の低い男性自殺企図者に対応した地域の環境づくり及び自殺予防対策をする必要があります。次に、その一例をご紹介します。
中高年男性を対象にした自殺予防対策
「富士モデル事業」は、平成18年に「働き盛りのメンタルヘルス日本一を目指して」開始された、働き盛りの「中高年男性を対象」としてうつ・自殺予防対策の確立を目指すために静岡県富士市で実施されている自殺予防対策です。
従来、直接的な「うつ病」の啓発活動が中心であった対策を、「睡眠キャンペーン」として改め、「パパ、ちゃんと寝てる?」と言う娘からの問いかけをキャッチフレーズにしました。これは、医学的援助に抵抗のある男性が受け入れ易いように「うつ病」という言葉をさけ、身近な存在である子どもからの言葉がけというイメージ変換が目的とされています。また、一般医から精神科医患者へとつなぐ「紹介システム」が実施されました。中高年男性は、うつ病に気づかず内科医等を受診していることが多く、睡眠薬を処方されるというのが現状であったため、自殺に最も結びつきやすい疾患であるうつ病の早期発見を目的におこなわれました。
ほかにも、睡眠キャンペーンの広い周知と地域への浸透を目的として周知活動をおこない、その結果、睡眠キャンペーンの周知割合は倍増しました。
おわりに
富士モデルは、うつ病に対する先入観や無知さを払拭したアプローチで、中高年男性の特性と地域性を考慮した自殺予防対策といえます。
近年、全国の自殺者数が減少していく中で、残念ながら静岡県の減少率は伸びていません。最近は特に20歳代の自殺者数が増加しており、早急に対策を講じるべき問題が浮上してきています。これらの問題をさらに検討し、自殺による被害者がひとりでも減少することを目標に、今後も研究に努めていきたいと思います。
伊藤香苗「自殺と性別、セクシャリティ」『精神保健研究』49,2003,p.30
高橋祥友「自殺問題 特に中高年の自殺に焦点をあてて」『月刊保団連』 No.898,2006,p.40
内閣府自殺対策推進室『地域における自殺対策取組事例集』2012,pp.123-127
松本俊彦「自殺の原因分析に基づく効果的な自殺防止対策の確立に関する研究.自殺既遂者の心理社会的特徴に関する研究(2)性差からみた検討」2010,pp.29-35