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パラスポーツ報道が教えてくれる「同じ目線」の大切さ


※職位や内容は投稿時のものです

2024年11月15日更新

 「憧れるのをやめましょう」―2023年のWBC決勝戦前、大谷翔平選手がチームメイトに向けて発した言葉が、多くのメディアで取り上げられました。この「憧れ」は、自分と他者を比較することで生まれる感情の一つです。私たちは日常的にメディアを通して様々な人を見て、自分と比較し、感情を抱きます。では、この比較から生まれる感情は、私たちの心にどのような影響を与えているのでしょうか。

 この問いに興味を持ったきっかけは、10年間のドイツ滞在経験にあります。現地のスポーツチームに所属していた私は、多くの移民背景を持つ選手たちと出会いました。私自身も「移民」という立場で、チーム内で最初に仲良くなったのは、同じく移民背景を持つ選手たちでした。折しもこの頃、ドイツでは、シリアからの難民受け入れが社会問題となっていた時期で、移民と現地の人々との分断や、それを克服するためのインクルージョン(包摂)の重要性が、メディアでも頻繁に議論されていました。この経験から、社会の分断を防ぎ、共生社会を実現する上で、メディアがどのような役割を果たせるのか、という研究テーマに取り組むようになりました。

 興味深いことに、パラスポーツを報じるメディアコンテンツは、視聴者や読者に複数の異なる感情を引き起こすことがわかっています。ドイツの研究チームは、パラアスリートの競技シーンや困難を乗り越える姿を映した動画に感動的な音楽を付けて視聴者に見せる実験を行いました。その結果、「哀れみ」、「道徳的高揚」、「親近感」という3つの異なる感情が同時に生まれ、それぞれが障害者全般に対する考え方に異なる影響を与えることを発見しました(Bartsch et al., 2018)。これらの感情は、私たちが他者と自分をどのように比較するかによって生まれます。「哀れみ」は自分よりも不利な立場にある人を上から見下ろすような比較から、「道徳的高揚」は相手の優れた面に注目する下から見上げるような比較から、そして「親近感」は同じ目線での比較から生まれます。研究の結果、「哀れみ」は否定的な影響を、「道徳的高揚」と「親近感」は肯定的な影響を、障害者全般に対する考え方に与えていました。
 
 一方、私の研究では、パラアスリートが自身の競技経験を通して障害者と健常者の相互理解や共生社会の実現を訴える記事を実験参加者に提示しました。その結果、共生社会に焦点を当てた記事は「親近感」のみを高め、それによって障害者全般への考え方がより好意的になることが分かりました(Shioume, 2023)。

 このように、両方の研究から、他者を同じ目線で見る比較から生まれる「親近感」が、障害者に対する考え方をより良くすることが明らかになりました。つまり、メディアの伝え方次第で、私たちの心の中で起こる「私たち」と「他者」の比較の仕方が変わってくる可能性があるのです。特に重要なのは、相手を「上から」でも「下から」でもなく、「同じ目線」で見ることです。

 社会には様々な違いを持つ人々が暮らしています。しかし、私たちは他者を見る時、自分の属する集団とそれ以外の集団との間に無意識のうちに心の境界線を引き、時として自分が属さない集団の人々を「その他大勢」として一括りに捉えてしまう傾向があります。つまり、個々の特徴を見ることなく、ひとまとまりの集団として認識してしまうのです。メディアを通じて他者を知る時も、一人一人を個人として理解し、尊重する姿勢が大切だと考えています。

引用文献
Bartsch, A., Oliver, M. B., Nitsch, C., & Scherr, S. (2018). Inspired by the Paralympics: Effects of Empathy on Audience Interest in Para-Sports and on the Destigmatization of Persons with Disabilities. Communication Research, 45(4), 1–29.
Shioume, H. (2023). Effects of Interdependence Frame and Affective Entertainment Experience in the Context of Parasports on Attitudes toward People with Disabilities [Doctoral dissertation, Hokkaido University]. HUSCAP.