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利益目標をギリギリ達成すると従業員のメンタルヘルスが将来悪化する!?


※職位や内容は投稿時のものです

2023年8月30日更新

 WHOの2022年度の資料によると、世界人口の約15%が精神疾患の状態にあるようです。また、従業員のメンタルヘルスの悪化による生産性の損失は、OECD加盟国のGDPの3~4%(年間ベース)に上ると推定されています(OECD, 2019)。近年、日本では「健康経営」が叫ばれていますが、従業員のメンタルヘルスに影響を与える様々な要因が先行研究を通じて検討されています。Bubonya et al.(2017)は仕事の安定性と管理がメンタルヘルス悪化による休職率に影響することを示しています。Cooper and Marshall(2013)は過大な仕事量と従業員に課される要求の増大が職業性ストレスを増やし、メンタルヘルス悪化を引き起こすことを明らかにしています。

 日本の上場企業には、世界ではあまり類を見ないユニークな特徴があります。それは経営者予想が実質的に強制開示である点です。証券取引所からの要請に従い、決算日から45日以内に決算短信を開示することになっています。決算短信では当期の売上高や利益の実績値に加えて、次期の経営者予想値が公表されます。経営者予想値は資本市場に与える影響が大きいと言われています。仮に経営者自身が設定した予想値に実績値が到達しないとなると、株価が下落したり、経営者交代を迫られたり、経営者報酬が低下したりします。これらの点を踏まえると、経営者は予想値を何としても達成したいというインセンティブを有することになります。

 経営者が上記のインセンティブを有する場合、従業員のメンタルヘルスが悪化するのではないか。最近、私が行っている研究は、日本の上場企業を対象にして、この点を検証するものです。背景には2つの要因があります。第1に、予想達成に向けた経営者による従業員へのプレッシャーが存在することです。値上げの加速や販売ノルマの増加は、その典型でしょう(Ahearne et al. 2016)。第2に、予想達成に向けてコストカットが実施されることです。短期的に健康投資を削減したり(Graham et al. 2005)、職場のカウンセリングや改善活動を減少させたりする(Ahearne et al. 2016)ことが考えられます。

 日本の上場企業約1500企業を対象にした分析(負の二項回帰分析)で、私は経営者予想をギリギリ達成した企業ほど、1年後および2年後のメンタルヘルス悪化を理由とする休職率・退職率が有意に増加することを明らかにしました。そして、この傾向は成長企業や経営者への利益プレッシャーが高い企業で、より強くなりました。経営者が公表する自社の利益予想は本当に適切なのでしょうか。そもそも達成できない無理な利益目標を開示し、それを達成しようとする一方で、従業員のメンタルヘルスに悪影響を与えていないでしょうか。今回の研究は、目標設定と従業員のメンタルヘルスに対して、重要な示唆を提供しています。論文は以下のURLから読めます。今回、引用した文献も全て論文に記載していますので、是非ご笑覧ください。