現代社会の教訓ともなる『男はつらいよ』の魅力
※職位や内容は投稿時のものです。
2022年2月15日更新
学術的な話を加えて書かなければ……、リレーエッセイの順番が回ってきた際に、必ず頭の中で繰り返す言葉である。エッセイを辞書で引くと「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章。」と表記されている。私の専門はスポーツ社会学やスポーツマネジメントなのだが、今回はあえて日常感じたことを綴ることにした。
『男はつらいよ』という映画がある。昭和の名優・渥美清が演じる車寅次郎(寅さん)が「テキ屋を営み全国を旅して生きている主人公・車寅次郎がひょんなことから生まれ故郷の東京・葛飾柴又に戻ってきては、故郷や旅の道中で出会った女性への恋心を募らせ、結局は実らなかった恋を忘れるためまた旅に出る……というもの。」1)
1969年に映画のシリーズが始まり2019年の第49作まで続くロングセラー映画である(正式には没後に制作された50作だが、本人主演ということでは49作)。私自身も大好きな映画の1つであり、毎週土曜日の午後6時半からの再放送は、半ばルーティーンのように視聴している。著名な評論家を含む多くの方々が批評しているが、この作品の特徴の1つはマンネリである(個人的には予定調和の方がしっくりとくる)。
TV時代劇の「水戸黄門」やNHKの朝ドラの土曜日の回(現在は金曜日の回)にも言えることだが、前者は勧善懲悪であり、後者は「あ~よかった」と安堵するそれである(最近の朝ドラはそれがないのでストレスが溜まることが多いのだが…)。私自身、日常が定型の仕事というより予想外のことへの対応が多いため、週末に『男はつらいよ』を視聴しながら擬似的に安心感に浸っているのかも知れない。
D.マクウェールは、ドラマを含むテレビ番組の実証的分析に基づき4つのカテゴリー(気晴らし、人間関係、自己確認、環境監視)に分類しているが、気晴らしや自己確認を行っているとも言えるだろう。ちなみに、ここでの自己確認は、個人についての準拠や現実の探求(身近な社会や他人のあり方を理解する参考になる)を意味する2)。
もちろん、予定調和を楽しんでいるだけではない。寅さんのセリフや出演者とのやり取りが、現代にも通じる「人はどう生きるべきか」といった哲学的な問いかけにもなっている気がしてならない。印象に残っているシーンは少なくないが、第26作の「寅次郎かもめ歌」の定時制高校の授業シーンで、松村達雄演じる高校教員が、濱口國雄の『便所掃除』を朗読している姿は再放送の視聴の中では印象に残っている(ギスギスした社会を生きる私たちの心を浄化してくれる名作なので、一度読んで欲しい)。
『男はつらいよ』の監督でもある山田洋次氏の長編小説をドラマ化した『少年寅次郎』という作品がある(NHKの土曜ドラマ)。寅次郎の幼少期を描いた作品だが、これを視聴した後に映画を見ると、色々と気づかされることがある。本作から過去を描いた『スターウォーズ』に通じるところがあるが、織り込まれたプロットに「なるほど」と唸らされ「さすが山田洋次」となる。
マスコミ論という授業を受け持っているが、その中でドラマの脚本を書くことを課題にする授業回がある。頭の中でシーンを思い浮かべながらセリフ回しを考えるのは意外に大変である。誰もが小説家や脚本家になれるわけではないが、言葉のやりとりが、それぞれの心にどのような影響を与えるのかを推察することは、LINEやTwitterでの短文のやり取りに慣れている学生にとって大変ではあるが、人との関わりの中で役立つものになるに違いない。
蛇足だが、スポーツの魅力の1つは予定調和にはならない点である。ファンはハッピーエンドを望み応援するが、結果はその通りにはなるとは限らない。予想通りの結果となれば大満足、そうならなければがっくりと肩を落とす。実は、その落差がスポーツの魅力でもある。だから多くの人々の心を掴むのである。寅さんにはない魅力がここにある。
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引用・参考文献
1)「【寅さん映画誕生50周年】「男はつらいよ」の3つの魅力」P+D MAGAZINE
https://pdmagazine.jp/background/otokoha-tsuraiyo/
2)阿部康彦「テレビドラマの「軸」なき変転~20代女性のドラマ受容の考察~」
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学術的な話を加えて書かなければ……、リレーエッセイの順番が回ってきた際に、必ず頭の中で繰り返す言葉である。エッセイを辞書で引くと「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章。」と表記されている。私の専門はスポーツ社会学やスポーツマネジメントなのだが、今回はあえて日常感じたことを綴ることにした。
『男はつらいよ』という映画がある。昭和の名優・渥美清が演じる車寅次郎(寅さん)が「テキ屋を営み全国を旅して生きている主人公・車寅次郎がひょんなことから生まれ故郷の東京・葛飾柴又に戻ってきては、故郷や旅の道中で出会った女性への恋心を募らせ、結局は実らなかった恋を忘れるためまた旅に出る……というもの。」1)
1969年に映画のシリーズが始まり2019年の第49作まで続くロングセラー映画である(正式には没後に制作された50作だが、本人主演ということでは49作)。私自身も大好きな映画の1つであり、毎週土曜日の午後6時半からの再放送は、半ばルーティーンのように視聴している。著名な評論家を含む多くの方々が批評しているが、この作品の特徴の1つはマンネリである(個人的には予定調和の方がしっくりとくる)。
TV時代劇の「水戸黄門」やNHKの朝ドラの土曜日の回(現在は金曜日の回)にも言えることだが、前者は勧善懲悪であり、後者は「あ~よかった」と安堵するそれである(最近の朝ドラはそれがないのでストレスが溜まることが多いのだが…)。私自身、日常が定型の仕事というより予想外のことへの対応が多いため、週末に『男はつらいよ』を視聴しながら擬似的に安心感に浸っているのかも知れない。
D.マクウェールは、ドラマを含むテレビ番組の実証的分析に基づき4つのカテゴリー(気晴らし、人間関係、自己確認、環境監視)に分類しているが、気晴らしや自己確認を行っているとも言えるだろう。ちなみに、ここでの自己確認は、個人についての準拠や現実の探求(身近な社会や他人のあり方を理解する参考になる)を意味する2)。
もちろん、予定調和を楽しんでいるだけではない。寅さんのセリフや出演者とのやり取りが、現代にも通じる「人はどう生きるべきか」といった哲学的な問いかけにもなっている気がしてならない。印象に残っているシーンは少なくないが、第26作の「寅次郎かもめ歌」の定時制高校の授業シーンで、松村達雄演じる高校教員が、濱口國雄の『便所掃除』を朗読している姿は再放送の視聴の中では印象に残っている(ギスギスした社会を生きる私たちの心を浄化してくれる名作なので、一度読んで欲しい)。
『男はつらいよ』の監督でもある山田洋次氏の長編小説をドラマ化した『少年寅次郎』という作品がある(NHKの土曜ドラマ)。寅次郎の幼少期を描いた作品だが、これを視聴した後に映画を見ると、色々と気づかされることがある。本作から過去を描いた『スターウォーズ』に通じるところがあるが、織り込まれたプロットに「なるほど」と唸らされ「さすが山田洋次」となる。
マスコミ論という授業を受け持っているが、その中でドラマの脚本を書くことを課題にする授業回がある。頭の中でシーンを思い浮かべながらセリフ回しを考えるのは意外に大変である。誰もが小説家や脚本家になれるわけではないが、言葉のやりとりが、それぞれの心にどのような影響を与えるのかを推察することは、LINEやTwitterでの短文のやり取りに慣れている学生にとって大変ではあるが、人との関わりの中で役立つものになるに違いない。
蛇足だが、スポーツの魅力の1つは予定調和にはならない点である。ファンはハッピーエンドを望み応援するが、結果はその通りにはなるとは限らない。予想通りの結果となれば大満足、そうならなければがっくりと肩を落とす。実は、その落差がスポーツの魅力でもある。だから多くの人々の心を掴むのである。寅さんにはない魅力がここにある。
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引用・参考文献
1)「【寅さん映画誕生50周年】「男はつらいよ」の3つの魅力」P+D MAGAZINE
https://pdmagazine.jp/background/otokoha-tsuraiyo/
2)阿部康彦「テレビドラマの「軸」なき変転~20代女性のドラマ受容の考察~」
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関連リンク
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