「おやじの知恵」
おやじの知恵
経営学部 杉山三七男
私の実家は農家である。おやじは、どこで身に着けたのか知らないが、面白い知識をいろいろと持っている。知識と言うよりも知恵と言った方が良いのかもしれない。今回は、そうした話のうちの一つをすることにしよう。
おやじは、農業だけでは小規模で経済的に余裕がなく、兼業としてある工場に働きに出ていた。当時は55歳が定年であり、定年後に本格的に農業をしようと思っていたのかもしれない。そこで何を作るかである。いろいろと考えた末、殺虫剤の噴霧などで健康を害する可能性の少ないイチジクを栽培することにした。しかしそれなりの規模で行うため、おやじ一人では大変なので、時間的に余裕のあった私が最初からそれを手伝うことになった。
水田であったところにイチジクの木を植える。しかし、樹木は水はけがよくなければ根が張れない。そこで、そのために傾斜をつけて長い畝を作ることになる。50メーターで20センチほどであろうか。現在の新しい土木機械を使えばよいのであろうが、おやじは、水準器という道具だけでそれをおこなった。もちろん、それがあれば誰でもできるのかもしれない。重要なのは、その場合おやじが、水準器は正確でないことを前提にしていたことだ。ただし、測定すれば毎回同じ程度に不正確であるとする。
大変なのは水平線を作ることである。たとえば、二本の細い木を刺して立てる。両方の木を同じくらいの高さにし、そこに水準器を載せ、それらの高さを少しずつ調整して水平線を作る。しかし、これでは水準器が正確ではないので水平線ではない。50メーターで20センチの傾斜をつけるのには誤差が大きすぎる。おやじは、それを四本で行った。四本の細長い木を四角になるように四点に立てる。そして水準器を同じ向きで使用して、順々にそれぞれを水平にしていく。そうすると、最後は誤差が四倍になって水平にはならない。実際は3ミリほどずれていた。そこで少しずつ調整して、四点を結ぶ線がすべて、完全ではないけれどおおむね同程度に水平になるようにした。これは、水準器で出した水平よりはるかに水平である。
一見したところほんの僅かなことである。しかし、現実に50メーターで20センチの傾斜をつけるとなると、これくらいの正確な水平線が必要なのであろう。この水平線と並行するように50メーターほどの線を糸を張って作り、そこから測って少しずつ深く溝を掘ることで、傾斜があってしっかり排水のできる畝を作るのである。おやじは、実際に使えるこうした知恵を多く身に着けていて、いつも黙々と作業をしていた。
経営学部 杉山三七男
私の実家は農家である。おやじは、どこで身に着けたのか知らないが、面白い知識をいろいろと持っている。知識と言うよりも知恵と言った方が良いのかもしれない。今回は、そうした話のうちの一つをすることにしよう。
おやじは、農業だけでは小規模で経済的に余裕がなく、兼業としてある工場に働きに出ていた。当時は55歳が定年であり、定年後に本格的に農業をしようと思っていたのかもしれない。そこで何を作るかである。いろいろと考えた末、殺虫剤の噴霧などで健康を害する可能性の少ないイチジクを栽培することにした。しかしそれなりの規模で行うため、おやじ一人では大変なので、時間的に余裕のあった私が最初からそれを手伝うことになった。
水田であったところにイチジクの木を植える。しかし、樹木は水はけがよくなければ根が張れない。そこで、そのために傾斜をつけて長い畝を作ることになる。50メーターで20センチほどであろうか。現在の新しい土木機械を使えばよいのであろうが、おやじは、水準器という道具だけでそれをおこなった。もちろん、それがあれば誰でもできるのかもしれない。重要なのは、その場合おやじが、水準器は正確でないことを前提にしていたことだ。ただし、測定すれば毎回同じ程度に不正確であるとする。
大変なのは水平線を作ることである。たとえば、二本の細い木を刺して立てる。両方の木を同じくらいの高さにし、そこに水準器を載せ、それらの高さを少しずつ調整して水平線を作る。しかし、これでは水準器が正確ではないので水平線ではない。50メーターで20センチの傾斜をつけるのには誤差が大きすぎる。おやじは、それを四本で行った。四本の細長い木を四角になるように四点に立てる。そして水準器を同じ向きで使用して、順々にそれぞれを水平にしていく。そうすると、最後は誤差が四倍になって水平にはならない。実際は3ミリほどずれていた。そこで少しずつ調整して、四点を結ぶ線がすべて、完全ではないけれどおおむね同程度に水平になるようにした。これは、水準器で出した水平よりはるかに水平である。
一見したところほんの僅かなことである。しかし、現実に50メーターで20センチの傾斜をつけるとなると、これくらいの正確な水平線が必要なのであろう。この水平線と並行するように50メーターほどの線を糸を張って作り、そこから測って少しずつ深く溝を掘ることで、傾斜があってしっかり排水のできる畝を作るのである。おやじは、実際に使えるこうした知恵を多く身に着けていて、いつも黙々と作業をしていた。