「記号化する貨幣」
「記号化する貨幣」
経営学部 天野利彦
9月14日、静岡県と(公社)静岡県国際経済振興会(SIBA)によって「静岡県海外駐在員オンライン報告会(中国・韓国・台湾・シンガポールのキャッシュレス事情)」が開催され、ファシリテーターとして参加してきました。今回はその時の様子と報告会で割愛した論点2点について記したいと思います。
報告会では、私から2019~2020年に行った共同研究「静岡におけるキャッシュレス化推進による誘客力の強化に関する調査研究」について概説したのち、中国上海、韓国ソウル、シンガポール、台湾台北の駐在員の皆様から、体験を踏まえた各地の身近なキャッシュレス決済事情のご報告をいただきました。
QRコード決済が主流で、路上の焼き芋売りや交通違反金の支払まで済ますことができる中国の様子、クレジットカード決済中心であるものの、ソウル市では業者の決済手数料0%、消費者の所得控除まで配慮した「ゼロペイ」導入の韓国事情、キャッシュレス決済が普及している場面と現金決済のみの場面とがきれいに分かれているシンガポール、コロナ禍のなかで、衛生的観点から急速にキャッシュレス決済が進みつつある台湾と、それぞれの地域での特色が浮き彫りになりました。
またディスカッションでは、各地域からのインバウンド訪日客の立場に立って、静岡県の決済事情の改善点を提案していただきました。そのような中で、報告会ではふれることができなかった論点を2点、次に述べてみたいと思います。
一つ目の論点は、日本における現金決済への拘りです。文化論的には「貨幣の聖性」に係ります。
貨幣の機能は、①価値尺度、②交換(決済)機能、③価値保存機能の3つです。我が国では、長い間、これらの機能は「お米」が果たしてきました。「租税公課」という言葉の「租」とは元々お米・稲のことです。2001年に財務省と金融庁に再編されるまで財政・金融を管轄し、国庫を管理してきた大蔵省の「蔵」とは「租=お米」を納める倉のことだったのです。象徴的に言えば、税として納められたお米の管理を業としたのが大蔵省でした。
経営学部 天野利彦
9月14日、静岡県と(公社)静岡県国際経済振興会(SIBA)によって「静岡県海外駐在員オンライン報告会(中国・韓国・台湾・シンガポールのキャッシュレス事情)」が開催され、ファシリテーターとして参加してきました。今回はその時の様子と報告会で割愛した論点2点について記したいと思います。
報告会では、私から2019~2020年に行った共同研究「静岡におけるキャッシュレス化推進による誘客力の強化に関する調査研究」について概説したのち、中国上海、韓国ソウル、シンガポール、台湾台北の駐在員の皆様から、体験を踏まえた各地の身近なキャッシュレス決済事情のご報告をいただきました。
QRコード決済が主流で、路上の焼き芋売りや交通違反金の支払まで済ますことができる中国の様子、クレジットカード決済中心であるものの、ソウル市では業者の決済手数料0%、消費者の所得控除まで配慮した「ゼロペイ」導入の韓国事情、キャッシュレス決済が普及している場面と現金決済のみの場面とがきれいに分かれているシンガポール、コロナ禍のなかで、衛生的観点から急速にキャッシュレス決済が進みつつある台湾と、それぞれの地域での特色が浮き彫りになりました。
またディスカッションでは、各地域からのインバウンド訪日客の立場に立って、静岡県の決済事情の改善点を提案していただきました。そのような中で、報告会ではふれることができなかった論点を2点、次に述べてみたいと思います。
一つ目の論点は、日本における現金決済への拘りです。文化論的には「貨幣の聖性」に係ります。
貨幣の機能は、①価値尺度、②交換(決済)機能、③価値保存機能の3つです。我が国では、長い間、これらの機能は「お米」が果たしてきました。「租税公課」という言葉の「租」とは元々お米・稲のことです。2001年に財務省と金融庁に再編されるまで財政・金融を管轄し、国庫を管理してきた大蔵省の「蔵」とは「租=お米」を納める倉のことだったのです。象徴的に言えば、税として納められたお米の管理を業としたのが大蔵省でした。
さらにさかのぼれば、「記紀」に始まるお米の神聖視を確認できます。いずれの書においても、お米は神々の身体の一部から生み出されたものとされ、また飯田季治によれば瓊瓊杵尊が天孫降臨のさいに稲作を伝えたことが「大嘗祭」の起源ともいいます。お米には貨幣機能を超えた「霊的生命力」が宿るとみなされてきたと思われます。幼い頃、お米を粗末にすると目がつぶれると叱られました。お米の「聖性」が貨幣へと転移したのではないかというのが、私の論点です。機能には還元されない貨幣の実在性です。
さて上に述べたように、貨幣には機能に還元されない実在性、人間の思いのようなものが込められてきたのですが、貨幣の価値は徐々に物質的実在性から離れてきました。金属貨幣から紙幣へ、兌換紙幣から不換紙幣へ。貨幣の価値を担保するものは、もはや物質的実在性よりも、「流通するという事実そのものが支える」事態となっています。目に見えない「信用」が貨幣の価値そのものと言っていいでしょう。であるならば、もはや価値を伝える情報があれば現金はその役割を譲ることになるのは必定です。情報の伝達ならば、現金の移動よりも早く、量の計測も早く、保存に場所を取りません。機能的観点からすれば、デジタル通貨の利点は論を俟ちません。
しかしながらデジタル通貨の発行にはいくつかの課題があります。代表的なものは、例えば「使い勝手」であり、通貨発行権の問題であり、流通量の把握があります。
「使い勝手」についていえば、現金に比べてメリットもデメリットもあります。スウェーデンの場合には国土の広さの割に人口が少ないために、便利な場所にATMを設置するのが困難なため、デジタル・クローネというデジタル通貨を採用しています。が、高齢者のために現金の流通も確保しています。
巨大IT企業、たとえばフェイスブックが「リブロ」というような独自のデジタル通貨を発行しようという動きが起こりました。これまで、通貨発行権は中央銀行が握り、各国政府が自国通貨の流通を監視してきました。銀行ですらない民間企業が通貨を発行し、国境を越えて独自の信用創造を行うことに各国政府は危惧を感じたようです。
逆に、例えばデジタル人民元のように、政府の主導のもとにデジタル通貨を発行すれば、退蔵貨幣の把握や地下流通などの把握が容易になるという、貨幣流通の透明化、「見える化」が強化されることになります。民間発行の暗号通貨の流通に対して、各国政府、中央銀行が神経を尖らすのも無理はないことになります。
しかしながらデジタル通貨の発行にはいくつかの課題があります。代表的なものは、例えば「使い勝手」であり、通貨発行権の問題であり、流通量の把握があります。
「使い勝手」についていえば、現金に比べてメリットもデメリットもあります。スウェーデンの場合には国土の広さの割に人口が少ないために、便利な場所にATMを設置するのが困難なため、デジタル・クローネというデジタル通貨を採用しています。が、高齢者のために現金の流通も確保しています。
巨大IT企業、たとえばフェイスブックが「リブロ」というような独自のデジタル通貨を発行しようという動きが起こりました。これまで、通貨発行権は中央銀行が握り、各国政府が自国通貨の流通を監視してきました。銀行ですらない民間企業が通貨を発行し、国境を越えて独自の信用創造を行うことに各国政府は危惧を感じたようです。
逆に、例えばデジタル人民元のように、政府の主導のもとにデジタル通貨を発行すれば、退蔵貨幣の把握や地下流通などの把握が容易になるという、貨幣流通の透明化、「見える化」が強化されることになります。民間発行の暗号通貨の流通に対して、各国政府、中央銀行が神経を尖らすのも無理はないことになります。
いずれにしても、経済の合理化、高度情報化に向けて、いわゆる「デジタル弱者」への配慮を含めつつ、政府・(中央)銀行・国際機関・巨大IT企業の協同によって、機能性・利便性・安全性を確保した通貨のデジタル化が今後進行していくものと思われます。お米など生命に係る産物から、貴重な金属に裏付けられた貨幣、信用のみに依拠する不換紙幣と進展してきた貨幣の変化を、物質性から離れてゆく「貨幣の記号化」と呼んでいいと思います。