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電車通学に見る情報学


教授 鷲崎早雄(経営情報学、経済工学)

 情報学は論理的な考え方についていろいろな面から教えてくれます。例えば電車通学をしている途中にも、そのような情報学の恰好な題材が沢山あります。今日は目を開いてちょっと周りを見て、電車通学の時に見る情報学の三題噺でまとめてみましょう。

「10を作れ!」

 今はあまり見られなくなりましたが、改札口にまだ改札員が居てハサミで切符を切っていた頃のことです。その頃の切符は厚紙で、端に4ケタの数字が印刷されていました。鉄道会社があの数字をどのように使っていたのかは知りませんが、私が子供の頃はこの4ケタの数字を使って10を作るという遊びをよくやりました。切符を買うとみんなそれとなく切符を見て黙りこくります。一番最初に「出来た」と声をあげたいのですがなかなかそうはいきません。友人が簡単にできて自分がなかなかできないと、本当に悔しくて、俺は頭が悪いと情けなくなったことを覚えています。

 例えば「1155」という4つの数字で10を作るのは簡単です。1-1+5+5=10、1*1*5+5などがすぐに浮かんできます。詳しく調べると1155から10を作る方法は120通りあります。ところが「1158」ではどうでしょうか?これは難問でちょっとやそっとではできません。何故なのでしょう?詳しく調べると1158から10を作る方法は1通りしかないのです。子供の頃にはがむしゃらに考えていましたが、実はこの単純な遊びにも簡単な問題と難しい問題があったのです。だから与えられた4ケタの数字が幸いにして簡単な問題の場合にはすぐに答えが見つかりますし、難しい問題の場合には見つからないのです。なかなか答えが見つからないからと言って必ずしも頭の程度ではないのですから、しょげる必要もなかったのです。

 この問題はmake10という名前が付いていて、解を見つけるアルゴリズム(注1)も判明しています。インターネットにはそのアルゴリズムを使って問題を解くソフトもアップされていますから、興味のある人は探してみてください。アルゴリズムを見つけるという研究は情報学のもっとも重要な分野です。

「スピンクスのささやき」

 SuicaはJR東日本が発行しているいわゆる「タッチ アンド ゴー」のキャッシュレスカードです。首都圏ではJRのみならず私鉄も使えて大変便利なカードです。静岡ではJR東海なのでToicaの方がなじみがあるでしょうか。Suicaは改札口を通る時に乗車料金を引き落としますが、その前にそもそもそのカードが本物なのかどうかを調べています。

 古代ギリシャ神話にスピンクス(エジプトのスフィンクスと同じ)という想像上の動物がでてきます。ビキオン山という場所に居て近くを通りかかる旅人に謎かけをしていました。旅人が謎を解ければ通行させるけれども、謎を解けないと殺して食べてしまったそうです。Suicaでは改札口がこのスピンクスの役目をしています。

 改札口では謎かけの代わりに適当なあいさつ文をSuicaに送ります。その時に改札口のスピンクスは「この文をお前が持っている暗号キーで暗号にしてみなさい」とささやきます。正しい暗号キーを持っているSuicaは、正しく暗号化された答えを改札口のスピンクスに返します。改札口スピンクスはSuicaからの答えを受け取ると、今度は自分が持っている暗号キーで受け取った文章を元に戻してみて、元のあいさつ文と同じであれば「OK」を出します。違っていればすぐに「ピーピー」と鳴らして処理を止めてしまいます。

 Suicaに限らずカード社会、ネット社会に突入して暗号化の方法はますます重要なものになってきました。この暗号の取り扱いはアルゴリズムそのものなのです。モノでもない、金でもない、暗号のアルゴリズムという情報が価値を生んでいるのです。こんなふうに私たちは毎日の通学の途中に情報学のお世話になっているのです。

「路線を探せ!」

 路線探索に「駅スパート」などのソフトを使うことはもう当たり前の光景です。どのルートで行けば良いか、何時発の電車があるのか、何時間前に家を出たら良いのか、ソフトが与えてくれる情報量は膨大です。昔はちょっとおかしいなという路線が選択されたりしましたが、現在はほとんど違和感のない結果が出てきます。道路を探すカーナビもほぼ同じ形です。

 どうしてそういう情報をコンピュータは探してくる事ができるのでしょうか?これもアルゴリズムそのものからできています。理論的にはここでも数学が使われています。1960年代頃から、離散的な構造(注2)を扱う代数学の世界でネットワーク理論なるものが盛んに研究されてきました。ネットワーク理論では節と弧という考え方があって、路線探索で言えば節は駅、弧は駅を結ぶ電車になります。広い意味の費用として各弧の距離、時間、運賃などの組み合わせを考え、出発地から目的地への費用が最小となる路線を探索します。探し方には数学的な論理的思考方法を駆使するのですが、中でもダイクストラの方法と言われているアルゴリズムが有名です。

 ダイクストラの方法では最小費用の路線が探索されますが、実際のソフトでは2番目、3番目に費用が少ない路線も選択されます。2番目以降の路線は多数あるので、どの路線を代替ルートとして取り上げるかを決めるのは難しい問題を含んでいます。それらの決め方には路線探索ソフトやカーナビソフトを作るメーカーの独自な考え方が多数存在しています。路線探索のアルゴリズムという情報が価値を生む証拠として、カーナビでの探索を含めてこの分野の特許が数千の単位で出されているのです。

 このようにあげていくと、電車通学の途中で目にするものの中にも、多くの情報学関連の話題があることに気が付きます。それらはほとんどがアルゴリズムやソフトウェアと言われているものです。暗号や路線探索のアルゴリズムは、上にあげたような直接的な価値を生むばかりではなく、暗号の発展は電子マーケットの発展をうながし楽天のような新しい企業群を生みだしていますし、路線探索の発展はヤマト運輸など宅配事業の一層のサービス向上と企業の発展をうながす原動力になっています。まさに「アルゴリズムは20世紀最大の発明」(注3)と言われるとおりです。

 特に近年は経営システムや社会システムなど、人間が関与する部分へのアルゴリズムの浸透が著しいと思われます。アルゴリズムの根底には論理的に物事を考えるということがあります。文科系だからといってそこに目をつむってしまうことは、経営を、あるいは社会を見る視野に大きなゆがみを持たせるようなものです。アルゴリズムそのものを理解するのは難しいですが、その存在や価値、要するにどういう理屈で成り立っているのかということを、興味を持って理解しようという姿勢を持ちたいものです。

(注1)アルゴリズム:コンピュータを使ってある特定の目的を達成するための処理手順。アルゴリズムをプログラミング言語を用いて具体的に記述したものをプログラムという。(IT用語辞典e-word)
(注2)離散的な構造:連続で無い、とびとびの構造。(電車は途中で降りることはできないから、電車の路線はとびとびの構造である)
(注3)デビット・バーリンスキー「史上最大の発明アルゴリズムー現代社会を作りあげた根本原理」