円高の時だけ騒ぐマスコミ
教授 近藤尚武 (貿易論、国際経済学)
2008年のリーマンショックによって、2007年には120円台まで下がっていた円の対ドルレートは一気に84円台に上がった。その後やや円安が進むが、再び円高基調になり、現在(2010年11月12日)1ドルは82円前後を動いており、あと少しで1995年の円の史上最高値79.75円を切る勢いである。このような円高トレンドが起こると日本のマスコミは必ず、同じようなパターンで騒ぎ始める。円高によって日本企業は大打撃を被り、工場は海外に移転し、空洞化がさらに進展し、失業者は増え、景気はさらに悪化する。中小企業の社長さんは悲鳴をあげている。「円高対策待ったなし」とキャスターは大声で騒ぎ、政府に「円高対策」を迫る。
円高で輸出企業の利益が減り、深刻な経営状態になっている中小企業があることは事実であるから、そのことを否定するつもりはない。ただ、世の中で起こっている現象は、さまざまな側面があり、その一面だけを必要以上にとりあげることは現実の全体像を見失わせてしまう。
まず、現在のレートが本当に歴史的な円高水準であるかどうかを冷静に見てみよう。とりあえず対ドルで円の史上最高値をつけた1995年と現在を比較してみよう。過去15年間、日本はデフレであったのに対して米国はインフレであった。両国のインフレ率の差は約40%である。したがってドルに対して円の価値は4割増価して当然なのである。1995年の対ドルレート80円は、現在の水準でみれば57円程度になる。そうすると現在の対ドルレート82円は、95年の史上最高値と比べてまだ44%円安だということになり、けっして歴史的な円高水準ではない。実際には、日本は米国だけではなくヨーロッパやアジアの国々とも貿易をしているので、それらの国々との貿易額の比重やインフレ率を考慮した指標を実質実効レートと呼ぶ。実質実効レートを見ても、同様に現在の円の水準はさほど円高とはいえない。結論をいえば、実質実効レートから判断すると、80円台前半の今の円のレートはほぼ妥当な水準であり、リーマンショック以前の状態がむしろ異常な円安水準であったいうのが正解である。
日本は輸出立国なので輸出産業の動向が日本経済全体の景気を左右するという言い方もマスコミはよく使う。本当にそうだろうか?主要国の輸出依存度(GDPに占める輸出の比率)をみると、韓国45.4%、ドイツ39.9%、中国33%、ロシア27.9%、イタリア23.7%、フランス21.1%、イギリス17.1%、日本16.1%、アメリカ9.1%(出所、総務省「世界の統計2010」)である。日本はアメリカに次いで輸出依存度が低い国である。あの巨大な大陸国家中国の輸出依存度は日本の倍以上である。じつはこれでも現在の日本の輸出依存度は90年代、80年代と比べると急増しており、それだけ内需が沈滞し輸出依存が高まっていたのである。
客観的にいえることは、日本は2000年までは決して輸出依存度は高くなかったが、リーマンショック前の異常な円安が輸出産業の比重を高めたということである。それでもまだ諸外国とくらべたら日本の輸出依存度は低く、日本が「輸出立国」という言い方は適切ではない。
マスコミが騒ぐ「円高対策」だが、一体何をしろというのだろうか?国が為替レートに対してできることは、為替介入と金融緩和しかない。しかし、為替介入は、これまでの経験からも短期的な効果しかもたないうえに、国際的な批判も多い。なによりも為替介入後も円高が続けば、政府は莫大な為替差損を被ることになる。この損害を補てんする原資はもちろん税金である。もう一つの「円高」対策である金融緩和は日銀の専権事項である。政府が直接命令することはできない。現在の「円高」は米国の金融緩和が大きな要因であるので、日本もそれに対抗してもっと大規模な金融緩和をしろと言いたいのか。いずれにせよはっきりと具体的な政策を主張するならわかるが、何の具体策も提示せずにただ「円高対策」と騒ぐだけで政府の「無策」ぶりを批判するマスコミこそ無責任極まりない存在である。
そもそもリーマンショック以前の超円安水準の時に、「円安対策」を叫んだマスコミがあっただろうか?それどころか超円安であるという事実すらまったく報道されなかった。当時、超円安によって莫大な為替差益を得た輸出企業は、その利益を従業員に還元することもせず、もっぱら内部留保としてため込んでいた。従業員の給料が上がらなければ日本の消費が増えるわけがない。消費はGDPの半分以上を占める最大項目である。企業がいくら繁栄してもそれが賃金の増大をつうじて消費の拡大に回らなければ日本経済全体の成長にはつながらない。
たまたま自分の専門の貿易論の関連で昨今のマスコミ、とりわけ地上波のテレビマスコミの無知無責任な論調をとりあげたが、このことは、政治経済社会のあらゆる問題に対する昨今のテレビマスコミの報道姿勢にあてはまる。今、日本の地上波のテレビニュースを見ても世の中で何が起こっているかを知ることはできない。見たらむしろマスコミの誤った歪んだ考えの悪影響を受けるので、最近はテレビのニュースはほとんど見ないことにしている。もっぱら見ているのは自分が信頼しているサイトか専門雑誌である。ただネットは玉石混交の無数の情報が氾濫しているので、どの情報を取捨選択するかは自分で判断するしかない。自分が正しいと思った情報がじつはトンデモ情報だったということもありうるだろう。しかしそういうリスクを冒しながらも、自分で情報を選択するしかない時代にきてしまった。めんどうくさいが仕方がない。
あ、ちなみにテレビもNHKや衛星放送は比較的ましだと思うので、テレビの番組がすべて悪いとは言っていません。誤解のないように。
2008年のリーマンショックによって、2007年には120円台まで下がっていた円の対ドルレートは一気に84円台に上がった。その後やや円安が進むが、再び円高基調になり、現在(2010年11月12日)1ドルは82円前後を動いており、あと少しで1995年の円の史上最高値79.75円を切る勢いである。このような円高トレンドが起こると日本のマスコミは必ず、同じようなパターンで騒ぎ始める。円高によって日本企業は大打撃を被り、工場は海外に移転し、空洞化がさらに進展し、失業者は増え、景気はさらに悪化する。中小企業の社長さんは悲鳴をあげている。「円高対策待ったなし」とキャスターは大声で騒ぎ、政府に「円高対策」を迫る。
円高で輸出企業の利益が減り、深刻な経営状態になっている中小企業があることは事実であるから、そのことを否定するつもりはない。ただ、世の中で起こっている現象は、さまざまな側面があり、その一面だけを必要以上にとりあげることは現実の全体像を見失わせてしまう。
まず、現在のレートが本当に歴史的な円高水準であるかどうかを冷静に見てみよう。とりあえず対ドルで円の史上最高値をつけた1995年と現在を比較してみよう。過去15年間、日本はデフレであったのに対して米国はインフレであった。両国のインフレ率の差は約40%である。したがってドルに対して円の価値は4割増価して当然なのである。1995年の対ドルレート80円は、現在の水準でみれば57円程度になる。そうすると現在の対ドルレート82円は、95年の史上最高値と比べてまだ44%円安だということになり、けっして歴史的な円高水準ではない。実際には、日本は米国だけではなくヨーロッパやアジアの国々とも貿易をしているので、それらの国々との貿易額の比重やインフレ率を考慮した指標を実質実効レートと呼ぶ。実質実効レートを見ても、同様に現在の円の水準はさほど円高とはいえない。結論をいえば、実質実効レートから判断すると、80円台前半の今の円のレートはほぼ妥当な水準であり、リーマンショック以前の状態がむしろ異常な円安水準であったいうのが正解である。
日本は輸出立国なので輸出産業の動向が日本経済全体の景気を左右するという言い方もマスコミはよく使う。本当にそうだろうか?主要国の輸出依存度(GDPに占める輸出の比率)をみると、韓国45.4%、ドイツ39.9%、中国33%、ロシア27.9%、イタリア23.7%、フランス21.1%、イギリス17.1%、日本16.1%、アメリカ9.1%(出所、総務省「世界の統計2010」)である。日本はアメリカに次いで輸出依存度が低い国である。あの巨大な大陸国家中国の輸出依存度は日本の倍以上である。じつはこれでも現在の日本の輸出依存度は90年代、80年代と比べると急増しており、それだけ内需が沈滞し輸出依存が高まっていたのである。
客観的にいえることは、日本は2000年までは決して輸出依存度は高くなかったが、リーマンショック前の異常な円安が輸出産業の比重を高めたということである。それでもまだ諸外国とくらべたら日本の輸出依存度は低く、日本が「輸出立国」という言い方は適切ではない。
マスコミが騒ぐ「円高対策」だが、一体何をしろというのだろうか?国が為替レートに対してできることは、為替介入と金融緩和しかない。しかし、為替介入は、これまでの経験からも短期的な効果しかもたないうえに、国際的な批判も多い。なによりも為替介入後も円高が続けば、政府は莫大な為替差損を被ることになる。この損害を補てんする原資はもちろん税金である。もう一つの「円高」対策である金融緩和は日銀の専権事項である。政府が直接命令することはできない。現在の「円高」は米国の金融緩和が大きな要因であるので、日本もそれに対抗してもっと大規模な金融緩和をしろと言いたいのか。いずれにせよはっきりと具体的な政策を主張するならわかるが、何の具体策も提示せずにただ「円高対策」と騒ぐだけで政府の「無策」ぶりを批判するマスコミこそ無責任極まりない存在である。
そもそもリーマンショック以前の超円安水準の時に、「円安対策」を叫んだマスコミがあっただろうか?それどころか超円安であるという事実すらまったく報道されなかった。当時、超円安によって莫大な為替差益を得た輸出企業は、その利益を従業員に還元することもせず、もっぱら内部留保としてため込んでいた。従業員の給料が上がらなければ日本の消費が増えるわけがない。消費はGDPの半分以上を占める最大項目である。企業がいくら繁栄してもそれが賃金の増大をつうじて消費の拡大に回らなければ日本経済全体の成長にはつながらない。
たまたま自分の専門の貿易論の関連で昨今のマスコミ、とりわけ地上波のテレビマスコミの無知無責任な論調をとりあげたが、このことは、政治経済社会のあらゆる問題に対する昨今のテレビマスコミの報道姿勢にあてはまる。今、日本の地上波のテレビニュースを見ても世の中で何が起こっているかを知ることはできない。見たらむしろマスコミの誤った歪んだ考えの悪影響を受けるので、最近はテレビのニュースはほとんど見ないことにしている。もっぱら見ているのは自分が信頼しているサイトか専門雑誌である。ただネットは玉石混交の無数の情報が氾濫しているので、どの情報を取捨選択するかは自分で判断するしかない。自分が正しいと思った情報がじつはトンデモ情報だったということもありうるだろう。しかしそういうリスクを冒しながらも、自分で情報を選択するしかない時代にきてしまった。めんどうくさいが仕方がない。
あ、ちなみにテレビもNHKや衛星放送は比較的ましだと思うので、テレビの番組がすべて悪いとは言っていません。誤解のないように。