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通信38「こころの中の『確率』」


静岡産業大学経営学部 講師 久保田貴之

不確実な出来事と確率

 私が強く関心を持っているのは,不確実な出来事を人間がどのように解釈するのかということです。不確実な出来事とは,サイコロの出目のように,何が起きるかということが偶然の影響を受けて決まる出来事のことです。予測をしようとしても,結局は偶然の影響を受けてしまうので,予測が当たるときもあれば外れるときもあります。
 このような不確実な出来事と関わりを持つキーワードとして「確率」が挙げられます。身の回りにある確率が関わる出来事を考えると,冒頭にも出てきたサイコロの出目や宝くじが代表的でしょうか。降水確率や巨大地震の発生確率,志望校の合格可能性なども確率で表現されます。そのほか,目に見える形で示されることはあまりありませんが,保険の料金設定や伝染病が広がっていく過程,行列の待ち時間を求めようとする場合などにも確率が関わっています。心理学の分野においても,実験や調査で得たデータを分析する際には確率を利用します。簡単なものから難しいもの,目に見えるものから見えないものまで様々ですが,私たちの身の回りには,確率と関わりを持っている出来事が多くあります。

確率を意識する利点

 確率の便利なところは,出来事の起こりやすさを数値にして示せることです。そして,その起こりやすさを考慮したうえで,自分がどのような行動をとるべきかを考えることを可能にしてくれます。たとえば,外出しなければならない日の降水確率が80%だったら,傘を持って出かける人が多いのではないかと思います。降水確率から雨が降りやすいと考え,雨に対応できる行動(ここでは,傘を持って行く)を決めているわけです。
 ただし,私たちは必ずしも起こりやすさだけを考慮して行動を決めているわけではなく,その行動をすることによって生じる利益や不利益とのバランスも関係してきます。たとえば,外出する際の荷物の中に濡れたら困るもの(重要な書類や精密機器など)があるか否かによって,どの程度の降水確率であれば傘を持って出かけるかという基準は変わるかもしれません。この確率と利益(不利益)のバランスの話は,経済学などにも通じる話題です。

確率をうまく扱えない私たちのこころ

図 1 実際の確率と私たちが感じる確率の違い
実線が破線より上にあれば,私たちが実際の確率よりも起こりやすく感じていることを意味します。実線が破線より下にある場合は,その逆です。

 さて,このように便利な確率ではありますが,ある出来事が起こる確率を知らされても,私たちはその起こりやすさをこころの中で変化させてしまい,知らされた確率の通りの起こりやすさとして感じることがなかなかできません。これまでの研究からは,起こる確率の低い出来事は実際の確率以上に起こりやすく感じ,起こる確率の高い出来事は実際の確率よりも起こりにくく感じる傾向が見いだされています(たとえば,Tversky & Kahneman, 1992)。図1は,この傾向を図として示したものです。

 さきほどの降水確率の話で考えると,確率を80%と知らされても,私たちの主観としての起こりやすさは,実際の80%よりも起こりにくいように感じられているということになります。逆に降水確率が10%と低いときは,実際よりも起こりやすく感じているといえるでしょう。スマートフォンなどで遊べるゲームの一部では,出現確率が低く設定されているアイテム(いわゆるレアアイテム)がありますが,その出現しやすさも,私たちは実際の確率より起こりやすく感じているといえるかもしれません。

確率のややこしさとおもしろさ

 ここでは代表的な1つの例を挙げましたが,人間が確率をうまく扱えない事例はほかにも多くあり,専門的な知識を持っている人でさえ間違えることがあります。こんなことを書いている私自身も,降水確率をその数値通りに感じることはおそらくできません。また,実際にはそんな偏りなどないと思いながらも,起こってほしいと願ったことは起こらず,起こってほしくないと願ったことばかりが起こっているように感じられて,確率に理不尽さを覚えることも多々あります。
 直感的に正しく扱うことが難しいという点において,確率は私たちにとってとてもややこしい存在です。しかしそれと同時に,直感と実際のギャップから多くの不思議な体験ができるおもしろい存在でもあると考えています。

【文献】
Tversky, A., & Kahneman, D. (1992). Advances in prospect theory: Cumulative representation of uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty, 5, 297-323.