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通信51 「心理学は実証科学です」


静岡産業大学 経営学部 特任教授 漁田武雄(いさりだ たけお)
E-mail: isarida@ssu.ac.jp
URL: http://www.ssu.ac.jp/home/isarida/
 心理学は,心を対象にする実証科学です。科学としての心理学が生まれて以来,心とは何かについて,いろんな議論が存在しました。科学心理学の創設者であるヴント(1879)は,意識を心と想定し,原子や分子に相当するその構成要素を探りました。これにはいろんな問題があり,20世紀初頭に,様々な異論が出てきました(フロイト,ゲシュタルト心理学,行動主義)。
 フロイトは,人間の動かしているのは,自覚できていないこころ(無意識)の働きであることを主張しました。この考えは,現代の認知心理学にも受け継がれています。ただし,フロイトの世界は,ギリシア神話やギリシア悲劇を素材にした世界であり,非常にドラマチックで面白いのですが,科学的な分析とはほど遠いものでした。ドイツのウェルトハイマー,ケーラー,コフカ,レヴインなどのゲシュタルト心理学者達は,心は全体(ゲシュタルト)として働くのであり,物質のように要素を解明するのは無意味としました。アメリカのワトソンは,外から見えない意識や無意識などは,科学の対象にならない。外から観察可能な行動を研究対象とすることで,科学的解析ができるといいました。これを行動主義といいます。
 現代では,心は原子や分子のように実態のあるものではなく,働きのみが存在すると捉えています。心よりは脳や頭といった方がわかりやすいかもしれません。ただし,脳や頭の働きでして,コンピュータでいうと,ソフトウェアになります。脳,神経系,骨格,筋肉などがハードウェアです。さらに,「こころ」の働きは,99%が本人に自覚されることがなく,自覚されるのは心の情報処理の結果です。科学的検証は行動の組織的観察(実験)を通して行います。
実証科学とは,経験的事実に基づいて,理論,仮説,命題などを検証し,確定していくという方法です。ここで注意すべきことは,個人の経験できるものは,非常に限られているということです。人間なんて,男なんて,女なんて,と経験豊かな人が言ったとしても,せいぜい数十年間で数十名程度の人物と関わった経験に過ぎません。そんなもので,人間なんて分かる訳ありません。もっと,科学的に客観的データを入手する必要があります。
 もっと単純な事例を考えてみましょう。友達が自分に近づいてくると大きく見えるようになり,遠ざかっていくと小さくなっていきます。このことは,古今東西,誰もが経験していることです。先ほどの数十年間で数十名という限定された経験ではありません。これによって,見える大きさの法則が得られるでしょうか。まとめると,知覚される距離に,知覚される大きさは反比例するということです(図1)。

そうすると,古代ギリシアからの謎とされていた「月の錯視現象(同じ大きさにもかかわらず,上空にある月は小さく見え,水平線上では大きく見える。)」は,人間には,「上空のものが小さく見える=遠い」そして「水平線上の方が大きい=近い」という心理現象があるためと言うことになるのでしょうか。これを応用すると,テニスのスマッシュが難しいのは,「実際のボールの軌跡よりも高く見えるため」に打ち損ねてしまうと言うことになります。これは「テニスの科学」という本に書かれています。

 しかしながら,この説明はすべて誤りです。観察距離が大きくなると,網膜に写る角度(視角)が小さくなります。知覚される大きさは,観察距離と視角の両方の影響を受けているのです(図4)。ここで,観察距離を独立変数とすると,視角も知覚される大きさ(従属変数)に影響するので,剰余変数となります(図5)。実験とは,剰余変数が機能しないようにして(交絡を防止して),独立変数と従属変数のみの関係を解明することです。その結果,独立変数(原因)と従属変数(結果)の因果関係を解明できるのです。このために,観察距離のみが変化して,視角が変化しない条件での実験を行います(図6)。
 このような実験を行った結果,観察距離に比例して,知覚される大きさが大きくなることが解明されました(図7)。その関係は,S’ = KθD’の関数で表せます。Kは個人差,θは視角なので,観察距離の影響を受けません。結局の所,知覚される大きさは観察距離(物理的距離ではなく心理的距離)によって決まることが分かります。実際の知覚される大きさは,「視角一定条件で知覚される大きさ」と「網膜像の大きさを」あわせたものになります(図8)。われわれが,網膜に写ったとおりに知覚すると,物霊的世界の変化に大きく支配されます。それを緩め,安定した知覚世界を作り出すように,われわれのこころのソフトは機能しているのです。有名なミュラーリエル錯視(図9)も,心理的距離が影響していると言われています。図10を見ると,矢羽根が外向き図形が心理的に遠く,矢羽根が内向き図形は心理的に近いことが分かります。

 私は,このような心理学実験を,何十年も続けています。この大学に呼ばれたときも,実験室を用意してもらいました。実験室は第3スポーツセンターにあります。2016年から,そこで実験を行っています。静岡産業大学では,授業時間外に,受講生が実験室にやってきて,実験に参加します。そこで,このような最先端の心理学実験に参加でき,授業の最終回で丁寧な説明を聞くことができます。ボーナスポイントもゲットできます。このような経験は,他のどんな大学でもできません。実験参加者は,私の講義参加者で,最近は久保田先生の受講生も参加しています。
 私の研究は,環境的文脈依存記憶をテーマとしています。人間は何かを暗記したとしても,暗記した情報だけを記憶しているのではありません。たとえば,電車の中で英単語を暗記した場合,英単語だけでなく,単語帳の紙面,電車の混み具合,乗客の様子,車窓の風景,物音など,たまたま存在する様々な背景情報(これを環境的文脈といいます)が一緒に記憶されます。その結果,何かを記憶した場所,そのときの匂い,BGM,コンピュータ画面の壁紙(背景写真)などが思い出すときに存在すると,良く思い出せるのです。「昔住んでいた町の公園を訪れたら,小さい頃の思い出がよみがえってきた。」,「懐メロを聴くと,それがはやっていた頃のことを思い出す。」などは,環境的文脈依存記憶の例です。
 このようなテーマについての実験の内容や計画について,専門ゼミや卒研ゼミの学生と話し合いをしています。そんな風にして実験を行い,得た結果をまとめて国際誌に論文を発表します。最近のものは,コンピュータ画面で暗記する単語を提示するときに,その背後にビデオ(動画+音)を提示します。すると,思い出すときに,同じビデオがあると,良く思い出せるという発見です。2019年9月に投稿し,1回の修正を経て,2020年の2月に採択されました。現在オープンアクセス状態で,8月には冊子体ができる予定です。私の研究チームは,この領域では現在世界一です。20世紀に世界をリードしていたスミスの論文を,今は私が審査しています。
 この論文では,産業大に来る前に得ていた結果を締める実験を行い,とりまとめようとしていました。2017年の後期から,一生懸命実験していたのですが,とてつもない袋小路にはまっていたようです。これらの実験を没にし,2018年の後期から始めた実験で何とか締めることができました。著者の中に,産業大のゼミ生の名前も載っています。彼ともうひとりの学生とで,1年の頃から,単位とは無関係の自主ゼミを行ってきました。その頃からの研究の成果といえます。
 さらに2020年の5月に,最新の論文をまとめました。外国語単語の暗記や,顔と名前を結びつけて憶えることに役立つ方法を開発しています。現在,作成した論文を英文校閲に出しています。これも,うまくいけば今年度中に論文化できると思います。
 2016年に静岡産業大学に来て以降に発表した国際誌論文を以下に掲載します。Journal of Memory and language(JML)は,5-year Impact Factor (その雑誌の影響力)が5.763もあり,この領域で世界最高峰といえます。日本心理学会の出している心理学研究は,国内最高の心理学雑誌ですが,Impact Factor は0.35です。JMLを1編出すと,心理学研究16.5編分の影響力があるといえます。日本人研究者で,JMLに乗せた研究者が京大に1名いたことを知っていますが,あとは知りません。Quarterly Journal of Experimental Psychologyの5-year Impact Factor は,2.56とのことです。

Takeo Isarida, Toshiko K. Isarida, Takayuki Kubota, Saki Nakajima, Kosei Yagi, Aoi Ymamoto, and Miyoko Higuma (2020). Video context-dependent effects in recognition memory. Journal of Memory and language, 113, 104 -113. https://doi.org/10.1016/j.jml.2020.104113

Takeo Isarida, Toshiko K. Isarida, Takayuki Kubota, Miyoko Higuma, and Yuki Matsuda (2018). Influences of context load and sensibleness of background photographs on local environmental context-dependent recognition. Journal of Memory and language, 101, 114-123. https://doi.org/10.1016/j.jml.2018.04.006

Takeo Isarida, Toshiko K. Isarida, Takayuki Kubota, Kotaro Nishimura, Moemi Fukasawa, and Kodai Thakahashi (2018). The roles of remembering and outshining in global environmental context-dependent recognition. Journal of Memory and language, 99, 111-121. https://doi.org/10.1016/j.jml.2017.12.001

Toshiko K. Isarida, Takayuki Kubota, Saki Nakajima, and Takeo Isarida (2017). Reexamination of mood-mediation hypothesis of background-music dependent effects in free recall. Quarterly journal of Psychology, 70 (3), 533-543. http://dx.doi.org/10.1080/17470218.2016.1138975