通信40 赤ちゃんの気質と育児不安:「子育て原因論」と「気質原因論」
静岡産業大学経営学部 教授 菊野 春雄
h-kikuno@ssu.ac.jp
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育児不安は、母親が子育てをする上で大きな課題になっている。母親の育児不安の原因として多くの要因が示唆されているが、「子どもの発達は子育てによって決まる」という「子育て原因論」が一因になっていることがいくつかの研究で示唆される。その根拠として、ヒトの子どもは白紙のまま生まれ、いろんな経験に基づいて性格などの個性が形成される。その形成を支えるのが子育てであるという点である。この考え方が、母親の子育てへの不安を助長する傾向があると考えられている。子育ての結果として子どもの個性が生まれると仮定する「子育て原因論」の考えは正しいのであろうか。それとも、子育て以前に、子どもは気質としての個性を持って生まれてくると仮定する「気質原因論」の方が妥当なのであろうか。
生後すぐの赤ちゃんを観察すると、おとなしい赤ちゃん、機嫌のいい赤ちゃん、神経質な赤ちゃんなど様々な個性を持った赤ちゃんがいるように思える。この事実は、子どもの個性は子育ての結果であると仮定する「子育て原因論」と矛盾するように思われる。子どもの性格や行動は、子育てによって決まるのであろうか。より良い子育てをすることで子どもは健やかに育つが、不適切な子育てをすることで子どもが健やかに育ちにくいのであろうか。すなわち、子どもの育て方によって、子どもの育ちが決まるのであろうか。
生後すぐの赤ちゃんを観察すると、おとなしい赤ちゃん、機嫌のいい赤ちゃん、神経質な赤ちゃんなど様々な個性を持った赤ちゃんがいるように思える。この事実は、子どもの個性は子育ての結果であると仮定する「子育て原因論」と矛盾するように思われる。子どもの性格や行動は、子育てによって決まるのであろうか。より良い子育てをすることで子どもは健やかに育つが、不適切な子育てをすることで子どもが健やかに育ちにくいのであろうか。すなわち、子どもの育て方によって、子どもの育ちが決まるのであろうか。
最近の研究を見ると、子育てと子どもの個性との間に関係があることが認められるが、子育てが原因で子どもの育ちが結果であると仮定する「子育て原因論」が正しいとは言い切れないという研究結果が見られている。たとえば、トーマスとチェスは、赤ちゃんも個性を持って生まれてくるという結果を報告している。トーマス達は、アメリカ合衆国のニューヨークで生後2,3か月の乳児140名以上を対象に、赤ちゃんの気質について縦断的研究を行っている。その結果、赤ちゃんを「育てやすい子ども(easy child)」「慣れるのに時間のかかる子ども(slow to warm up child)」「手のかかる子ども(easy child)」「それ以外の子ども(other child)」に分類できることを報告している。「育てやすい子ども」とは、空腹の時間や睡眠時間などのリズムが規則的であり、機嫌が良い時間が長いなどの特徴がみられる子どもである。「慣れるのに時間のかかる子ども」とは、違った環境では慣れにくく、知らない人に出会うと恥ずかしがるなどの特徴がみられる子どもである。「手のかかる子ども」は、空腹の時間や睡眠時間などのリズムが不規則で、不機嫌になりやすく、変化に慣れにくいなどの特徴がある子どもである。子どもの親との面接から、「手のかかる子ども」の親の子どもへの接し方や養育態度については、他の親と全く違っていなかった。このことは、これらの気質が親の養育態度とは関連しない生得的な傾向であることを示している。すなわち「子育て原因論」よりも「気質原因論」と一致する結果が認められた。
気質と育児
それでは子どもの気質によって母親の子育ての負担は影響を受けるのであろうか。「育てやすい子ども」はほとんど手がかからないので、子育てが大変容易である。そのため、母親は自分の子育てに自信を持ちやすく、育児に対する不安も低くなる傾向にあった。他方、「慣れるのに時間のかかる子ども」は、知らない環境では、子どもは引っ込み思案になることが多い。そのため、母親が子どもを連れて外出することなど友人などとの接触の機会が取りにくい。また、「手のかかる子ども」は、食事や排せつなどの時間が不規則である。そのため、子育てに大変ストレスを感じやすく、育児不安を感じやすい。親の養育で子どもの行動が決まるという考え方が母親に強くあった。そのため、手のかかる子どもを養育する親は、自分の養育に罪悪感や無力感を強く持つ傾向が見られた。
個性を受容する子育て
これらの研究は、子どもの個性は子育ての結果であるとの「子育て原因論」と一致しないことを示している。むしろ、母親の子育てに関係なく、子どもは生得的に個性を持って生まれてくると仮定する「気質原因論」の方が妥当であることを示している。これらの結果をみると、子どもの発達や、子どもの育児の大変さは子どもの個性によるものであると考えることが妥当かもしれない。
もちろん、この結果は子どもの発達にとって子育ては小さな要因であることを示すものではない。むしろ、個々の子どもの気質である個性に基づいた子育てが重要であり、子どもの可能性を拡げると考える方が妥当であるだろう。赤ちゃんの気質についても、その子どもの個性のひとつとして、それぞれの特徴を育むより長い目で子育てをすることが重要であることを示している。
もちろん、この結果は子どもの発達にとって子育ては小さな要因であることを示すものではない。むしろ、個々の子どもの気質である個性に基づいた子育てが重要であり、子どもの可能性を拡げると考える方が妥当であるだろう。赤ちゃんの気質についても、その子どもの個性のひとつとして、それぞれの特徴を育むより長い目で子育てをすることが重要であることを示している。
参考文献
菊野春雄 (2016) 乳幼児の発達臨床心理学: 理論と現場をつなぐ 北大路書房.
Thomas, A, Chess,S (1984) Genesis and evolution of behavioral disorders:From infancy to early adult life. The American Journal of Psychiatry, 141, 1-9.
Thomas, A, Chess,S (1984) Genesis and evolution of behavioral disorders:From infancy to early adult life. The American Journal of Psychiatry, 141, 1-9.