通信32「アメとムチ」指導法の効果についての再考
静岡産業大学 非常勤講師 合田美穂
「アメとムチ」指導法を考え直す
筆者は、近年、「アメとムチ」の指導法についての是非が問われる機会が多くなっていると感じている。その際に、よく例に出されるのが、行動心理学に関連する実験結果※1である。
T字路の右側にクッキー(アメにあたるもの)を置き、左側に電気ショック(ムチにあたるもの)を置いて、マウスの行動を分析した実験がある。マウスは、何度かの行動で、クッキーが右側にあることを認識して、右側に進むようになるという。その後、左側の電気ショックを非常に強いものにした場合、間違って左側に向かったマウスは、その強い電気ショックの衝撃で、動くことすらしなくなり、クッキーのある右側に行く行動さえも取らなくなったという。つまり、マウスは、強い電気ショックを再び受けることを恐れて、クッキーを取りに行くことさえもあきらめて、無気力になってしまったということであった。さらに、その後、この強い電気ショックを受けたマウスたちを調べると、ストレス性胃潰瘍を発症しているマウスもいたという。
一方で、電気ショックを与えずに、クッキーばかり与えていると、マウスはそのうちクッキーという報酬に飽きてしまって、クッキーを取りに行くという行動意欲さえもわかなくなるということが、この実験によって分かった。
このマウスの実験などによって、現在は、特に「ムチ」に対する悪影響に警笛を鳴らす形で、「アメとムチ」方式によるしつけ、教育方針、指導法に疑問が呈されるようになっている。筆者は、最近、「ムチ」による悪影響を指摘する興味深い研究結果を示す記事を目にしたので、以下に紹介したい。
T字路の右側にクッキー(アメにあたるもの)を置き、左側に電気ショック(ムチにあたるもの)を置いて、マウスの行動を分析した実験がある。マウスは、何度かの行動で、クッキーが右側にあることを認識して、右側に進むようになるという。その後、左側の電気ショックを非常に強いものにした場合、間違って左側に向かったマウスは、その強い電気ショックの衝撃で、動くことすらしなくなり、クッキーのある右側に行く行動さえも取らなくなったという。つまり、マウスは、強い電気ショックを再び受けることを恐れて、クッキーを取りに行くことさえもあきらめて、無気力になってしまったということであった。さらに、その後、この強い電気ショックを受けたマウスたちを調べると、ストレス性胃潰瘍を発症しているマウスもいたという。
一方で、電気ショックを与えずに、クッキーばかり与えていると、マウスはそのうちクッキーという報酬に飽きてしまって、クッキーを取りに行くという行動意欲さえもわかなくなるということが、この実験によって分かった。
このマウスの実験などによって、現在は、特に「ムチ」に対する悪影響に警笛を鳴らす形で、「アメとムチ」方式によるしつけ、教育方針、指導法に疑問が呈されるようになっている。筆者は、最近、「ムチ」による悪影響を指摘する興味深い研究結果を示す記事を目にしたので、以下に紹介したい。
子どもへの罵声と体罰の悪影響は同じ
2013年9月9日配信の「ウォール・ストリート・ジャーナル」に、「子どもを怒鳴ればたたくのと同じ悪影響」というタイトルで、米国の大学の研究者による研究を紹介する記事があった。思春期の子どもが悪いことをしたとして親から怒鳴られると、抑うつ症状や攻撃的な行動のリスクが上昇し、たたかれた時と同じ問題が生じる可能性があるというのである。この記事で紹介されたのは、9月4日に「チャイルド・デベロップメント」誌のウェブサイトで発表されたピッツバーグ大学とミシガン大学の研究者が行なった研究である。
両親と13歳ないし14歳の子どものいる家庭976世帯を調査したその研究では、子どもには、さまざまな質問をし、問題ある行動、抑うつ症状、親との親密度を判断した。親には、戒めとしてひどい言葉を発しているかどうかを調べる質問をした。
子どもが13歳だった時、母親の45%、父親の42%が、前年に子どもにひどい言葉を浴びせていた。13歳の時に親から特にひどい言葉を受けた子どもは、翌年に同年代の子どもとのケンカ、学校でのトラブル、親へのうそ、抑うつの兆候といった問題が増える度合いが高かったというのである。
また、親が戒めとしてひどい言葉を使った時と、たたくなどの体罰を与えた時では、問題が増加する度合いは似ていたという。つまり、口論を除く親子の親密度が高くても、ひどい言葉による悪影響は変わらないというのである。その結果、さらに親がひどい言葉による戒めを増やすことにつながって、悪循環がエスカレートしていくということであった。
親にとっては、「子どもが親と温かく良好な関係を築いてさえいれば、罵声で叱責することはかまわない」とか、「親子の親密度が高ければ、一時の衝動で罵ってしまうことがあっても、普段からの信頼関係の上で相殺することができる」などと思いがちである。しかしながら、この研究は、親と子どもが良好な関係を築いていたとしても、10代の子どもが親から怒鳴られたり、罵られたり、「怠惰」だの「おろか」だのと侮辱された場合、「怒鳴っても、子どもの問題行動を減らしたり直したりはできない」、「逆に悪化させる」という警告を発しているのである。
また、同記事は、この研究に参加していないニューヨーク大学ランゴーン・メディカル・センターの研究者の発言もあわせて紹介していた。この研究者は、「批判的、懲罰的、侮辱的な言葉を大量に使わないこと」、「人は尊敬し称賛している人に言われたときのほうがずっと、自分の行動に責任を感じる。子どもをしかったり恥ずかしい目に合わせたりするようなことをすれば、親の持つ力が損なわれる」と強調している。異なる研究者が同じような論を主張していることからも、この論には一定の説得力があるといえるだろう。
両親と13歳ないし14歳の子どものいる家庭976世帯を調査したその研究では、子どもには、さまざまな質問をし、問題ある行動、抑うつ症状、親との親密度を判断した。親には、戒めとしてひどい言葉を発しているかどうかを調べる質問をした。
子どもが13歳だった時、母親の45%、父親の42%が、前年に子どもにひどい言葉を浴びせていた。13歳の時に親から特にひどい言葉を受けた子どもは、翌年に同年代の子どもとのケンカ、学校でのトラブル、親へのうそ、抑うつの兆候といった問題が増える度合いが高かったというのである。
また、親が戒めとしてひどい言葉を使った時と、たたくなどの体罰を与えた時では、問題が増加する度合いは似ていたという。つまり、口論を除く親子の親密度が高くても、ひどい言葉による悪影響は変わらないというのである。その結果、さらに親がひどい言葉による戒めを増やすことにつながって、悪循環がエスカレートしていくということであった。
親にとっては、「子どもが親と温かく良好な関係を築いてさえいれば、罵声で叱責することはかまわない」とか、「親子の親密度が高ければ、一時の衝動で罵ってしまうことがあっても、普段からの信頼関係の上で相殺することができる」などと思いがちである。しかしながら、この研究は、親と子どもが良好な関係を築いていたとしても、10代の子どもが親から怒鳴られたり、罵られたり、「怠惰」だの「おろか」だのと侮辱された場合、「怒鳴っても、子どもの問題行動を減らしたり直したりはできない」、「逆に悪化させる」という警告を発しているのである。
また、同記事は、この研究に参加していないニューヨーク大学ランゴーン・メディカル・センターの研究者の発言もあわせて紹介していた。この研究者は、「批判的、懲罰的、侮辱的な言葉を大量に使わないこと」、「人は尊敬し称賛している人に言われたときのほうがずっと、自分の行動に責任を感じる。子どもをしかったり恥ずかしい目に合わせたりするようなことをすれば、親の持つ力が損なわれる」と強調している。異なる研究者が同じような論を主張していることからも、この論には一定の説得力があるといえるだろう。
警視庁の児童相談所への通告件数で「心理的虐待」が半数を超える
また、時を同じくして、2013年9月13日配信の「NHKニュース」では、ショッキングな数字が紹介されていた。
今年上半期に全国の警察が摘発した児童虐待の事件は、合計221件であった。この数字は過去2番目に多く、被害を受けた子どもの中では11人が死亡したという。警視庁が摘発した虐待の内訳は、身体的虐待が157件と最も多く、続いて性的虐待が49件、親から脅されたり暴言を浴びせられたりして心に傷を受ける「心理的虐待」が8件であった。また、警察は、事件として扱わない場合でも虐待の疑いがあれば児童相談所に通告しているが、この半年間に通告された子どもは1万61人であり、去年の同時期より40%近く増え、過去最多であったという。
虐待といえば、児童虐待の上位を占める身体的な虐待をイメージすることが多いが、今回筆者が注目したのは、警視庁が児童相談所に通告した中では、心に傷を受ける「心理的虐待」が半数余りを占めていたということである。「心理的虐待」は、加害者側にとっては、「虐待をしている」という自覚がない場合も多いために、エスカレートしやすい。むしろ、「しつけの一環」として肯定されることすらある。また、被害者にとっても、「これは虐待である」という認識を持ちにくく、表面化しないことが多いのである。上で取りあげた「ムチがもたらす悪影響」、「子供を怒鳴ることと叩くことの悪影響は同じ」という話を考え合わせると、どれだけの子どもが「心理的虐待」によるダメージを受けているかを考えるだけでも想像に難くない。
今年上半期に全国の警察が摘発した児童虐待の事件は、合計221件であった。この数字は過去2番目に多く、被害を受けた子どもの中では11人が死亡したという。警視庁が摘発した虐待の内訳は、身体的虐待が157件と最も多く、続いて性的虐待が49件、親から脅されたり暴言を浴びせられたりして心に傷を受ける「心理的虐待」が8件であった。また、警察は、事件として扱わない場合でも虐待の疑いがあれば児童相談所に通告しているが、この半年間に通告された子どもは1万61人であり、去年の同時期より40%近く増え、過去最多であったという。
虐待といえば、児童虐待の上位を占める身体的な虐待をイメージすることが多いが、今回筆者が注目したのは、警視庁が児童相談所に通告した中では、心に傷を受ける「心理的虐待」が半数余りを占めていたということである。「心理的虐待」は、加害者側にとっては、「虐待をしている」という自覚がない場合も多いために、エスカレートしやすい。むしろ、「しつけの一環」として肯定されることすらある。また、被害者にとっても、「これは虐待である」という認識を持ちにくく、表面化しないことが多いのである。上で取りあげた「ムチがもたらす悪影響」、「子供を怒鳴ることと叩くことの悪影響は同じ」という話を考え合わせると、どれだけの子どもが「心理的虐待」によるダメージを受けているかを考えるだけでも想像に難くない。
バランスの取れた対応が理想的
上述のマウスの実験を子どもに置き換えて考えてみると、子どもに厳しい叱責や罵声(ムチ)を与えれば、子どもは罵声を再び浴びることを恐れて、新たに何かにトライしたり、行動に出たりすることを断念することも考えられる。そして、子どもはやる気を失うだけではなく、強い罵声によるストレスを受けて、ストレス性胃潰瘍になったり、ウツ症状が出るなど精神的に不安定になってしまったりすることも十分にあり得るのである。また、上述の米国の大学の研究結果を考え合わせてみると、子どもに対する心理的虐待は、身体的虐待と同等(あるいはそれ以上)のダメージを与えていることになるのである。
だからといって、子どもがよくない行動を取った時に、全く注意もせずに放任して、よいことだけを褒めちぎるだけでは、子どもにとっては、何がいいことなのか悪いことなのかが分からなくなってしまうだろう。よくない行動を取った際には、適切に注意し(罵声という形のムチではなく、言い聞かせる形できちんと話す)、そして、よい行動を取れば、必ず褒めることを心掛けることができるようになりたいものである。つまり、何事にも極端であることは効果がなく、バランスが取れた対応が必要ということである。
これは、家庭で子どもに対してだけではなく、教育現場で教え子に対しても、スポーツチームや体育会系部活で部員に対しても、会社などの組織で部下や後輩に対しても、共通する考え方であるといえる。ムチがあまりに強すぎて、厳しい罵声を浴びせたり、スパルタ教育をしすぎたりすると、普段いくら親しみを込めて接したり、「君のことを思ってるからこそ、苦言を呈しているんだ」と親身になっていることを伝えたりしてバランスを取っているつもりでも、カバーすることは難しい。
ウツ症状のために入院している選手を、「気力で治せ」と厳しく命令してグラウンドに連れ出した指導者の話を、かなり以前に実際にあった話として聞いたことがあるが、怒鳴ることが日課となっているような上司や、根性論を是とする熱血指導コーチなどの中には、今でもこの「アメとムチ」の指導法を肯定する人は少なくないと感じる。体罰や暴力は、表面化して問題になりやすいが、「心理的虐待」は、極端なケースはパワハラとして注目される傾向にあるとはいえ、大きな問題になりにくい。結果、教え子が学校嫌いになったり、退部者が続出したり、職場の部下がウツやストレス性胃潰瘍になったりすることも十分あり得る話なのである。
だからといって、子どもがよくない行動を取った時に、全く注意もせずに放任して、よいことだけを褒めちぎるだけでは、子どもにとっては、何がいいことなのか悪いことなのかが分からなくなってしまうだろう。よくない行動を取った際には、適切に注意し(罵声という形のムチではなく、言い聞かせる形できちんと話す)、そして、よい行動を取れば、必ず褒めることを心掛けることができるようになりたいものである。つまり、何事にも極端であることは効果がなく、バランスが取れた対応が必要ということである。
これは、家庭で子どもに対してだけではなく、教育現場で教え子に対しても、スポーツチームや体育会系部活で部員に対しても、会社などの組織で部下や後輩に対しても、共通する考え方であるといえる。ムチがあまりに強すぎて、厳しい罵声を浴びせたり、スパルタ教育をしすぎたりすると、普段いくら親しみを込めて接したり、「君のことを思ってるからこそ、苦言を呈しているんだ」と親身になっていることを伝えたりしてバランスを取っているつもりでも、カバーすることは難しい。
ウツ症状のために入院している選手を、「気力で治せ」と厳しく命令してグラウンドに連れ出した指導者の話を、かなり以前に実際にあった話として聞いたことがあるが、怒鳴ることが日課となっているような上司や、根性論を是とする熱血指導コーチなどの中には、今でもこの「アメとムチ」の指導法を肯定する人は少なくないと感じる。体罰や暴力は、表面化して問題になりやすいが、「心理的虐待」は、極端なケースはパワハラとして注目される傾向にあるとはいえ、大きな問題になりにくい。結果、教え子が学校嫌いになったり、退部者が続出したり、職場の部下がウツやストレス性胃潰瘍になったりすることも十分あり得る話なのである。
※1
「アメとムチの法則」のついては以下に詳しい:植木理恵「アメとムチの法則」『本当にわかる心理学』、日本実業出版、2010年3月。植木氏は、著書のなかで、ムチの無意味さを指摘し、「アメとムシ(無視)」の方がむしろ効果があると述べている。