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通信27「同感(共感)Sympathy」


経営学部教授 松本幸男

近年、われわれの社会は何か閉塞感を漂う社会になっています。こういう社会を吹き飛ばし、明るい未来の見える社会を打ち立ていこうと経済社会の分野、政治の分野やその他の分野でいろいろと思索がめぐらされております。既存の考え方ではうまくいかない。新しい考え方に立って明るい社会を打ち立てていこうとしております。そこでつまるところ、あたりまえのことですが社会を構成しているのはわれわれ人間である。それ故、人間のこころ、すなわち心理の観点から経済、社会、政治、その他の事象をとらえ直してみようという動きになっております。もちろん以前からそのような考え方はありましたが、より一層、ここ近年、この考え方が前面に出て盛んであります。そこから新しいものを見出し、役立てていこうということです。

翻って考えてみますと、われわれが生活している社会、すなわち資本主義社会(近代市民社会)についてこの点を考えていたのが、経済学のバイブルである『国富論』の著者である経済学の父アダム・スミスでした。
スミスは、近代市民社会は平等で自立した諸個人から構成されており、かれらは、利己心を持って経済活動する。この利己心が経済発展の原動力であると考えます。
しかし、利己心の自由な追求は、どのような手段を用いても限りなく利益を追求しても良いというものではなく、利己心の自由な追求は、公平な観察者の目、すなわち「見知らぬ人々の目、つまり世間の目」が是認する限りであるといいます。当事者の行動を、公平な観察者が同感(共感)しているかどうかということです。この公平な観察者の目は当事者も備えており、それにしたがって当事者も行動する。お互いに同感(共感)することによって社会関係を維持しているといいます。
それ故、われわれの社会は、同感(共感)があるから自由な利己心の追求が経済社会を動かす力となる、といいます。規制・干渉を加えることなく人々の思うままの自由な利益追求を放任していても、結果的に経済社会はうまく維持していく、そのことが経済社会を発展させるということです。現在、私たちは、「共感がえられるよう自分自身の行動をきめていくという社会生活の原理」(浜林正夫 鈴木亮共著『アダム スミス』)を備えているのでしょうか。