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通信10「乳幼児に対する関わりの大切さ」


静岡産業大学 非常勤講師 合田美穂

近年、児童虐待の事件の報道が後を絶たず、息をのんでしまうような悲惨な事件が目立っている。厚生労働省が、2010年7月に発表した「子ども虐待による死亡事例等」に関する報告によると、2008年度の犠牲者数128人中、無理心中以外の死者は67人であった。うち、3歳以下が7割を超えており、最も多いのは0歳児の39人であった。心中を除いては、身体的虐待が約8割で、約2割が育児放棄である。加害者について言えば、実母が59.0%、実父16.4%であり、虐待理由は「育児不安」が4分の1となっている。また、厚労省によると、児童相談所における虐待の相談件数は1999年度に1万件を超え、2009年度は4万4210件(前年度比1546件増)となっている。(以上、『毎日新聞 2010年8月19日 東京夕刊』より。)

「3歳以下が7割」や「加害者は実母が59.0%、実父16.4%」という数字をみてみると、最も手がかかるといわれている乳幼児期に、子育てに挫折したり、過度なストレスにさらされたりして、子供に対して虐待をおこなってしまう親が多いのであろうと思われる。さらに、それらの虐待は他人によるものではなく、血のつながった実の親によるものが7割を以上であるということも、一般的には信じがたい数字である。最近の事件でいえば、奈良県の自宅で長男(当時5歳)を餓死させたとして保護責任者遺棄致死罪に問われた親は、「愛情や関心がなくなった」と虐待の実態を語っていた。実の親であっても、子どもに対して「愛情がなくなった」、「愛情が薄れた」という理由によって、虐待に走ってしまう事実がある。

では、虐待に至らなければ問題ないのであろうか?「ウチはこういうニュースとは無縁」、「ウチは虐待なんてしてないから大丈夫」、「将来子どもが生まれても、虐待なんてするわけがない」、「私は自分の子に愛情を抱くに決まっている」などと言っている人であっても、子どもへのかかわり方には注意が必要である。虐待に至らなくても、「子どもに対する関わりの不足が、子どもの発達に大きな影響を与える」という事実が、昨今、国内外の研究者によって報告されているからである。有名なものには、アメリカの動物学者であるハーロー(1905-1981)と、イギリスの医師、精神分析家であるボウルヴィ(1907-1990)による研究がある。

ハーローは、アカゲザルの実験をおこなって、生後8週間以内にスキンシップが欠如した子ザルは、後に重篤な精神障害をきたすということを明らかにした。また、ボウルヴィは、ハーローのアカゲザルの実験を受けて、「愛着理論」をまとめ、「生後2~3年ほどの時期が重要であり、愛情あふれた適切な応答が不足することは、発達に有害である」と論じた。ボウルヴィによれば、新生児が自分の最も親しい人を奪われたり、また、新しい環境に移されたりなどすることによって、その環境が不十分でかつ不安定な場合に、「母性的養育の剥奪(発達の遅れ、病気に対する抵抗力、免疫の低下、メンタル面での支障など)」が起こることを指摘した。ボウルヴィは、乳幼児と保護者(主に母親)との人間関係が親密で継続的なものであって、かつ両者が満足と幸福感に満たされるような状態であることの大切さを主張したのである。

日本の研究者からも、近年、興味深い話が報告されている。最近知りえた話では、ラットを使ったデータでは、生後の極めて早期に、ラットを愛情剥奪状況に置くと、将来うつ病になりやすいということが示唆されており、また、子育てに熱心な家系のラットの子を、不熱心な家系の親に育てさせると、うつ病になりやすいという研究結果が出ているようである。また、「幼少期の育ちによって、遺伝子の発現の仕方に影響が生じる可能性」および「心的外傷(トラウマ)なども、脳に気質的な変化をもたらす可能性」など、幼少期における外部からの影響が、子どもの遺伝子や脳にまで影響をもたらすという可能性も示唆されている。

「虐待してないから大丈夫なのか?」といえば、答えはもちろん「No!」である。児童虐待の報道などで、「虐待をした親が子どもだった頃、親からきちんと向き合ってもらえなかったり、親からの愛情を受ける機会がなかったりしたために、わが子に対する愛し方や接し方がわからず、虐待に走ってしまった」などといった話も出ているが、子ども時代の不安定な心理状況が大人になっても継続し、意図せずに同じような状況を「再生産」してしまう、といったことも起こりうるのである。食事だけ与えて面倒を見ているつもりでいたり、テレビに子守を長時間させたりしながら、「ウチは子どもにちゃんと向き合っている」、「愛情がある」などと言っていてはダメなのである。近い将来、子育てをする機会があるであろう学生さんには、子ども(特に乳幼児期)との関わりがいかに大切であるかということを、心の片隅に置いていただき、いざ子育てをすることになった際には、このことの重要性を思い出して、子どもに向き合ってほしいと思っている。