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通信4「表現力とは」


静岡産業大学非常勤講師 町田利企

先日、私の友人から聞いた話である。私の友人は某大企業に勤め、就職試験の面接を担当しているのだが、面接官の質問に満足に応えられる学生が少ない、というのだ。例を挙げると、「趣味:読書」とあるので、「最近読んだ本について話してください」と訊ねたところ、その回答が満足にできないらしい。志望動機」など一般的に「よくある」と思われる質問にはスラスラと応えられるが、「読んだ本について話せ」というレベルの低い質問に応えられないのは問題だ、と友人は嘆いていた。理由はいくつかあると思うが、その一つに「表現力の無さ」が挙げられると思う。「表現力」とは、心を絵に描く才能や想いを楽器で表す技術のことだけではない。「表現力」とは、日常の表情、会話、行動、服装、文章、も「表現」だということを考えれば、「他人に伝えること」ができる力全般のことを指す。この「表現力」を学んだり鍛えたりする場面を、学生時代にもっと経験する必要があったのではないか、とその学生達に言いたい。

例えば、「この本は面白かった」と言う人は多い。しかし、「なぜ」この本が面白かったのか、この本の「どこ」が面白かったのか、この本は「誰」にとっても面白いと思うのか、「反面」どこがつまらなかったのか、などの表現が無いと、その「面白い」を満足に表現することは難しい。つまり、「面白かった」と言うだけでは、聞く相手が「この本は面白そうだ」と思うことは難しいのである。

先ほどの話を例にすると、面接官はその本のことを知りたい訳でもなければ、その学生の好みを聞きたい訳でもない。その学生の得意分野であろうと思われることについて「自由に表現しろ」ということは、その学生の表現力を試しているのである。
表現力のある学生にとっては、これほど易しい質問は無いだろう。なぜなら、そこには「正解」など無いからである。(ということは誤答も無い)「先日○○という本を読みました。結論から言えば面白かったです。●●の本を読むのは初めてでしたが、△△に興味があったので読んでみました。××の部分はとても参考になりましたが、反面□□の部分は期待したほどではありませんでした」など、自由に所見を述べればいい。その本がどんな本であろうと、面白かろうとつまらなかろうと、言いたいことを整理して正確に伝えれば、相手がその本についてのイメージができる。そして、最も大切なのは、その話している「本人」をイメージできるのである。それが、「表現力」である。

フランスの統一国家試験である、バカロレアの哲学の問題を目にした。

「不可能を望むのは不条理か」

この問題を見て、すぐに「正解」を求めるだけでは、問題の本質から遠ざかると思う。まずは、結論を「仮定」して、「なぜ」そう結論づけるのかを説得力をもって表現する必要がある。それには、知識や経験や知性も必要だろう。「不条理です」と応えるだけでは、相手には何も伝わらないに等しい。

正解やアプローチを限定する思考だけではこの表現力は身につかない。面接官が問う「本について話してください」という問題に、正解は無い。自分の仮定した結論を、「いかに表現するか」、そこが問われる。学生達には、日常で感じる「楽しい」「面白い」「美味しい」「嬉しい」「悲しい」などの結論を、話す相手に伝わっているかどうかを日常で意識して欲しい。それには「この本は面白い」と思ったら、「なぜ面白いんだろう」という問いかけをすることから始めて欲しい。